週刊RO通信

日米首脳会談のヒポクラシ―

NO.1601

 石破氏は、トランプとの会談を「予想以上の成果が出た。彼とはケミストリーが合うみたい」と自己満足だ。まあ、相当なプレッシャーを意識して臨んだのだから率直な安堵の弁だろう。しかし、世界の中の日米関係を考えた場合、ハナマルだと言える内容かどうか。ちょっと考えてみたい。

 石破氏訪米の直前、トランプは、国際刑事裁判所ICCの関係者に制裁を加える大統領令を発した。昨年11月、ICCがネタニヤフなどに逮捕状を発行したことが、「根拠がなく、権限の乱用」だという。関係者の資産凍結や入国禁止などの措置を取れば、ICCが機能停止になりかねない。

 ICC所長赤根智子氏は大統領令を非難するとともに、「裁判所は職員をしっかり支え、世界中で残虐行為の犠牲となった何百万人もの罪のない人々に正義と希望を与え続ける」として、正義と基本的人権のために団結を訴えた。

  ICCは、国際社会の重大な犯罪(集団殺害犯罪・人道に対する犯罪・戦争犯罪・侵略犯罪)を侵した「個人」を国際法に基づいて訴追・処罰するための機関である。だから、国際社会における道徳的・法的権威である。世界の価値規範を守る重要な機関である。加盟は125か国・地域で、アメリカ、ロシア、イスラエルなどは未加盟である。

 付言すると、ガザ問題は、直接の発端は2023年10月7日にハマスがイスラエル南部を襲撃し、1500人殺害、300人の人質を取ったことである。報復としてイスラエルは、パレスチナ市民47000人殺害、消息不明は17000人であり、ガザのインフラの88%を破壊した。人々は住まいなく、食べ物、飲み水にも困窮し、絶体絶命に追い詰められている。

 1948年イスラエル建国前後、イスラエルはパレスチナ人75万人を暴力的に追い出した。ナクバ(大災厄)として忘れるものはいない。文化、民族的アイデンティティ、政治的権利を破壊し、民族浄化だと批判された。その後もイスラエルはパレスチナへの植民地侵略を続け、人々を抑圧し続けてきた。ハマスは、パレスチナ国家建設を願う民族闘争を展開している。

 イスラエルは、ハマスをテロ集団と規定し、キリスト教対イスラム教、ユダヤ主義対反ユダヤ主義の構図を前提として、欧米の支持を背景に、1人でも多くのパレスチナ人を減らすと咆哮する。いまや、これはジェノサイドだという批判が、イスラエルを支持する欧米にも高まってきた。トランプの大統領令が無理筋だということは歴然としている。

 少し視野を拡大する。ヨーロッパ各国の急進右翼は、1970年代後半から次第に支持を拡大してきた。その特徴は、反グローバリズム・反多文化主義(移民排撃)・EU統合反対である。その体質は、極右ポピュリズム・白人ナショナリズム、さらにはネオファシズムだともいえる。

 トランプのアメリカ第一主義・MAGAも、反グローバリズムであり、反多文化主義であり、国連に代表される国際機関の活動に非協力的である。つまり、欧米の急進右翼と同じ穴のムジナというべきだ。トランプを担ぐマスクが「X」をプロパガンダの道具と使い、ヨーロッパの急進右翼の後押し大宣伝を展開して緊張を高めている、

 1960年代前半、アメリカでは、黒人が人種差別に抗議して公民権運動が高揚し、64年公民権法を成立させた。この動きは、世界中に民主主義を育てようというインパクトを与えた。89年11月には、61年に建設された43キロにわたるベルリンの壁が崩され、東西ドイツの合体へ進んだ。世界中に民主化、平和の喜びが満ち溢れた。

 いま欧米を席巻する急進右翼の運動は、この民主化、個人の自由・個性を重んずる流れに対するバックラッシュである。トランプ的MAGAは、ageinではなく、民主主義に対するageinstである。この流れを放置すれば、世界が次なる大戦に突き進むのではないか。世界平和のために、あまねく基本的人権を守ろうという世論を育てねばならない。

 石破・トランプ会談の報道を見ると、どうも居心地がよろしくない。心配した無理な注文が出されず、やれやれという気持ちはわからないでもない。しかし、世界秩序にまるで無関心のトランプを持ち上げるだけで、一方で国際平和を語るのは偽善、猫かぶりにしか見えないからである。