週刊RO通信

そんなに焦ってどうするの

NO.1600

 1月20日就任したばかりのトランプ大統領は、よく働くというよりも、焦っているのではなかろうか。バイデン氏の高齢を嘲罵したことがあるが、トランプ自身が社会通念からすれば結構な高齢者である。

 無理をするほど体力を減退する。病気していない時は、気力でもって少々の体力低下は補えると考えるが、これが大きな認識不足である。体力低下を気力でカバーすると、ますます体力減退が加速する。それが後期高齢者というものだ。外電各社の写真を見ると、どうもご尊顔に疲労が漂っている。

 先日、カナダ、メキシコからの輸入品に25%、中国には10%の追加関税を発表した。「タリフマン」と見栄を切り、関税という言葉は最も美しいなどと三流文人なみの修飾語を発したりもする。

  関税発表は大芝居の見せ場であって、昂然として馬上から睥睨するというシナリオだが、疲れた高齢者顔では意気上がるまい。大統領職に就いているから健康管理は万々全々だろうが、人間の体の変調など容易に予測できない。どうぞご注意されたし。

 選挙公約で、一気呵成にぶっ飛ばすと吠えていたから、いまの所業は想定内ではある。しかし、いかにも無理しているように見えて仕方がない。

 大統領選挙は、トランプ流ではぶっちぎりの大勝利というが、実際のところ、ハリス氏との得票差は1.5%ほどだ。選挙形式によって大差がついたように見えるだけ。実際は薄氷の勝利であって、当落いずれに傾いても不思議ではなかった。これが焦りの根本にあるのではないか。

 バイデン氏は当選後、全国民融和を呼びかけた。しかし、トランプ流はそうではない。大統領の選挙では党派争いがあっても、当選すれば全国民の大統領だという自負と責任があるだろう。と思うのは蚊帳の外の観測で、どうやら選挙戦のままに全力疾走するつもりらしい。

 どう見ても、アメリカ国民の意識は大きく分断されている。これで本当に国造りができるだろうか。トランプをおだてて煽り立てているマスクは、徹底してウルトラ・ライト発言を続けている。米国内だけではしゃべり足らず、欧州各国の選挙戦にまで口先介入中だ。

 トランプ、マスクが頭の中まで一蓮托生だとすれば、アメリカ国内の権力だけではおさまらず、他の民主主義国をも巻き込みたいようだ。彼ら並びに共和党は「リベラル」が大嫌いである。いまのところ話し合ってお互いの主張を理解し、さらなる高みを目指すというような気風は全くない。

 次なる選挙を考えれば、2年後に中間選挙(上下院議員選挙)がある。大統領選挙を制しても、過去の例からすると与党が大きく議席を減らす可能性が高い。ならば、大統領任期4年というものの、はじめの2年に可能な限り踏ん張っておきたい。同時に、それが成功すれば中間選挙も勝てる。

 ところで、大統領令は乱発できるが、果たして現場がそれをきちんとこなせるかどうかという問題がある。トランプチームもそれはわかっているだろう。ところがマスクは、連邦職員の思想調査的大リストラを提案した。Xを買収した時と同じやり方だという。

 200万人の連邦職員に対して一斉に「人生の分岐点」と題するメールを送った。「残る」か「残らないか」、残るなら徹底して忠誠心を果たせ。それがいやなら去れ。露骨にして典型的な早期退職勧奨であるが、人生の分岐点とロマンチックなタイトルをつけてくれた。

 わたしの体験としては、忠誠心なるものは上から降ろすものではない。まあ、なくはない。敗戦までの日本軍がそうだった。

 ――上官の命令は天皇の命令である。天皇のおかけで生かしてもらっているのだから、24時間、365日、立派に天皇に帰順し、国家に奉仕する、の念を忘れてはならぬ。――悪名高い『臣民の道』(1943 文部省)の一節である。天皇をトランプと置き換えてみれば、ことの重大さがよくわかる。

 まことに、マスクといい、トランプといい、これが民主主義大国のホワイトハウスを乗っ取ったのだから始末が悪い。トランプ全速力の理由は、残念至極ながら、民主主義の否定である。18世紀以前へのバックラッシュである。それがわかっているからなおさら焦っているともいえるが。