論 考

トランプ恩赦を拒否したおばあちゃん

筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)

 BBC(ネット)の記事が目を引いた。

 パメラ・ヘムフィルさんは、MAGA・grannyと呼ばれるトランプの熱烈支持者である。2021年1月6日の議事堂乱入で逮捕され、禁固60日の実刑判決を受けて服役した。

 トランプ大統領による恩赦の対象だが、パメラさんは恩赦を拒否した。

 「あの日、私たちは間違っていた。議会警察官や法の支配、国に対する侮辱をした」のだから、「恩赦は認められるべきではない」。

 さらに、「恩赦を受けることは、彼らのガスライティングと間違った物語に加担することになる。トランプが歴史を書き換えようとしている。その一部になりたくない」と言う。

 ガスライティング(gaslighting)とは、心理的虐待の一種で、被害者に些細な嫌がらせや、故意に誤った情報を与えて、被害者が、自身の記憶・知覚・正気、さらには認識を疑うように仕向けるという意味である。1970年代ごろから使われている言葉だそうだ。

 ちょっと脱線する。ガスライティングは、戯曲『ガス燈』(1938)や、その映画『ガス燈』からヒントを得たようだ。

 わたしは、映画『ガス燈』(1944)のDVDを持っている。大スターの叔母から莫大な遺産を相続した姪が、恋愛して幸せな生活にはいる。実は、夫は大変な悪党で、叔母の宝石を狙って結婚した。小さな嘘や仕掛けで、精神が病んでいると妻自身や周囲が信じるように追い込んでいく。クライマックスの天井裏で灯っているのがガス燈である。ヒロインは絶頂期のイングリッド・バーグマン、誠実でやさしい夫の悪党を演じるのがシャルル・ポワイエで、見事な心理的サスペンスに仕上がっている。

 トランプ的ガスライティングは、ナチの扇動の技術そのもので、日本流ならマインドコントロールというところだろう。

 いかに心理的葛藤を克服したのかわからないが、パメラさんは、かなり熱心なトランプ支持者だったから、自分が間違っていたとして方向転換するのは容易ではなかったはずだ。

 1月24日朝日新聞にマイケル・サンデル教授インタビューが掲載された。彼は、労働者が、社会的に尊敬・名誉・承認を受けられなくなった。エリートと非エリートの隔たりが甚だしくなり、労働者の不満が蓄積した。そこで労働者の味方を演じるトランプに彼らの期待が集まったと分析する。(ちょっと大雑把すぎる要旨だがご容赦ください)

 これを読んで考えた。1960年代から、メリトクラシー(meritocracy)が問題視されていた。どんな人でも、あらゆる機会を与えられている。がんばった者が報われるというのである。では、報われないのはがんばらなかったからだと片づけられるだろうか。アメリカは、すでに1970年代あたりから格差拡大が懸念されていた。

 アメリカンドリームは、メリトクラシーの根っこ、両者は同じ理屈である。トランプはさかんにアメリカンドリームの時代を作ると吠えているが、その結果がいまのアメリカである。メリトクラシーを批判するのであれば、アメリカンドリームも批判するのが筋道である。

 トランプ支持者の労働者は、何も解決策がないのに、看板だけ変えるという手品に乗せられている。まさしくドリームに過ぎない。あるいは集団催眠?

 渦中の人々は事実が見えないらしい。MAGAおばあちゃんが、騙されとるぞ、と気づいたのは大変な発見である。さすが、おばあちゃんの知恵袋というべきだろうか。

 人間の不満は永遠に尽きないだろう。しかし、解決するために努力することはできる。不満を持った時、誰かに代弁してほしいと思うだけならば神頼みと変わらない。自分の頭で考える。おばあちゃんはこれをやった。