筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)
シャンパンの売り上げが低迷しているそうだ。2024年の出荷は10%減、2.7億本とのこと。
業界説明によれば、シャンパンの売れ行きは世の中の動きを敏感に反映する。インフレ、世界的紛争、先行き不安。それに、政治的停滞の影響が大きいらしい。
シャンペンは、厳密にはフランス北東部シャンパーニュ地方産をいう。まあ、パーティやお祝いの宴で使われることが多いから、まさに世相を反映して売れ行きが減っているのだろう。
バイデン氏に、「ウェルカム ホーム」と迎え入れられたトランプ氏は大変なご機嫌らしい。こちらでは、シャンパンがポンポン抜かれただろう。
どこへ向かうだろうか。アメリカは? トランプ演説に熱狂している人々の写真を見て、こんなことを考えた。
アメリカは、1961年ケネディ大統領の時代から、アファーマティブ・アクション(差別撤廃運動)に取り組んできた。
しかし、今回は、それを逆差別だと激しく糾弾する人々が、トランプの激烈な言葉に没入して選挙戦を制した。ハリスは、ガラスの壁論など唱えず、人種的マイノリティ論も抑えていたが、いまになって思えば、ハリス民主党は強烈な暴風雨の到来を察知していたのであろう。
4年前にバイデンは、民主主義を高く唱えて選挙を勝利した。今回は、むしろそれゆえに、トランプ陣営が反動的パワーを拡大する要因になった。差別反対論の土俵上では差別意識のほうが劣勢だが、逆差別論を全面に押し出すことによって民主主義・反差別派を抑え込んだ。
理屈の段階を飛び越えているから、声の大きいほうが勝つ。
そもそも人は意識していなくても差別意識を少なからず持っている。それを克服しようと考える人がいるように、それが正しいと思いたい人もいる。
あんたは差別主義者だと言われると、自分では差別意識がよくないことはわかっていても、自分の弱点を正面から突かれてかチンとくる。取り繕っていたのに懐を暴かれるようなもので、感情的に収まりにくい。
逆差別論は、いちいち理屈を言わなくても直截的に相手を批判するのに具合がよろしい。
トランプは、品位なく、言葉汚く、かき回すのだが、それと自分を重ねればスカッとするに違いない。なにしろ、相手はエスタブリッシュメントの、お高く止まっている連中なんだ。逆差別だ、お前らこそが偽善者だ、という構図だ。
さて、自分が自力で自尊心を維持しにくくなった時、自分ではないが、自分を重ねて、自分の自尊心、アイデンティティを満足させてくれるものは何か?
聖なる大義である。一人では力がない。率直で、正直で、一所懸命に生きている自分を表現してくれるのは、やはり、自分と同じように率直で、正直で、エスタプリッシュ連中のようにぶらないトランプが、逆差別論を柱として主張している。それこそが大義である。
これから4年間、トランプは日々選挙活動をやらねばならない。革命ごっこが大好きなようでもあるから、でんとおさまって大統領するよりも、年がら年中、人々を煽りまくるほうが楽しいだろう。
それは、かつてオルテガ・イ・ガセット(1883~1953)が、名著『大衆の反逆』(1930)で警鐘を鳴らした事態と合致する。
いわく、――大衆社会においては、政治はその日暮らしになる。方針は決まらず、社会的権力は大衆の手に握られ行使される時全能でありながら、もっとも不安定になる。未来は予知されない。――
マスクが、ナチの敬礼をやってみせた。不思議はない。彼は、もっとも典型的にして古典的な極右思想の持ち主である。
大衆社会の暴走は、結局全体主義に突っ込む。これが最も危ない。