筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)
働き手が足りない、人手不足という言葉が産業界の常識となっている。
雇用問題というのは、極端にいえば短期的にも長中期的にも、いつも企業経営上の最大課題である。
働く人からすれば雇用過剰の時期がとくに雇用問題である。人員整理が始まると、いつわが身に降りかかってくるか大不安である。一方、人手不足の場合は、仕事が忙しくて悲鳴を上げる。
人事管理の本願
経営側も、雇用過剰、人手不足、いずれの場合でも経営が円滑に回らない。だから、かつて人事部の仕事は、経営上の最大課題である「人」の計画を短期長期にわたって効果的に管理することであり、過剰だから人員整理するなどは、人事の失敗、人事の恥であった。
従業員の退職率が低いことは、人事行政の「ほまれ」である。従業員がじっくり腰を据えて仕事に励むから経営は順風満帆である。かくして、企業意識が必然的に高まり、従業員の結束、チームワークもおおいに盛り上がる。これが、日本的経営といわれた、終身雇用のコンテンツ中の核心であった。
人事部がアウトになった
ところが、1980年代のバブルに入って、人事行政はすっかり緩んだ。90年代にバブル崩壊するや、いかにコストカット、とくに人員整理をするかが、人事部の仕事になってしまった。コストカットが一段落すると、今度は社内で不採算部門として人事部自体が槍玉に上がる。
社外に人事行政を発注するようにもなった。経営の中枢を外注する!
これをまとめてばっさり切れば、人事部崩壊だ。企業は人なり。人がいなければ会社は動かない。人事部は、直接的に利益を上げずとも、企業活動の本丸なのだが、本丸があるのかないのか、あってもしっかり人事行政をしていないものだから、会社の力が限りなく低下していくのは当たり前である。
賃上げコーラスの陳腐
さっこん、日本産業界の停滞が指摘されることが多い。企業が内部留保しても新規投資ができない。内部留保が600兆円というのに、産業界が停滞してさらに沈むと予測されるのは、賃金を引き上げて消費需要を活発化する程度では改善しない。
消費需要がグンと力をつけるのは、実は大衆的新製品開発が奏功して、人々のライフスタイル変化に大きな影響を与えるからであるが、わが国の製品事情を概観しても、そのような商品がありはしない。
賃上げが問題になるのは、飯が食えるか食えないかというような次元に近い雇用が幅を利かせているからである。賃上げ5%やそこらで、日本経済に弾みがつくわけがない。政財労学挙って知恵がないものだから、賃上げ期待の大合唱だが、そんなものに期待して問題解決できるような事態ではない。
日本の力は「人」である
わたしが社会人になったのは1960年代はじめである。当時は高度経済成長の最中であったが、産業界において現在と比較して、もっとも大きな違いは、人事部が非常に大きな力を発揮していた。
わが国は資源・エネルギーがない。当時はおカネもない。あるのは「人」だけだ。潤沢な人的資源(こんな言葉は好きではないが、あえてわかりやすくするために使う)をこそ活用発揮せねばならない。少なくとも、人のパワーを最大限発揮してもらって、最大限活用して、敗戦後日本を再建していこう。これが世論であったことは疑いがない。
もちろん、すべての会社が立派に状況に挑戦していたとはいわない。しかし、当時の人事管理最先端の思想を振り返ることは有益だと確信する。
handからheadへ
第二次世界大戦後、イギリスも悲惨な経済事情から再建しなければならなかった。当時の産業界の合言葉は、「handからheadへ」であった。
企業再建のために人手が必要というところだが、人手ではない。頭なのだ。全面的に依拠できるのは知恵だけだ。猫の手を借りても役には立たない。人の頭脳である。
そこには痛切な反省がある。戦争は軍隊によっておこなわれる。軍隊は指揮官の命令によって一糸乱れず行動せねばならない。だから、軍隊の頭はトップであって、兵士は手足である。兵士が頭を使って、――戦争すべきかどうか、この作戦が妥当かどうか、生きて帰れるだろうか。――など、考えてもらっては困る。黙って命令に従え。生きるも死ぬも命令に従うのみだ。
軍隊における合理性は、必要悪である。人が自分の考えを一切放擲して命令に従うなんてことは、人間性に対して露骨に違反している。それが当然であるような戦時生活の頭で、圧倒的多数の人々の知恵を無視して、単に手足だけを役立たせるだけであっては、イギリスの再建は起動に乗らない。
イギリスの産業界は、人事管理の革新を掲げた。人の能力を最大限発揮してもらうにはどうするべきか。その合言葉が「handからheadへ」なのである。その背景には、経営とは人手や頭数を集めることにあらず。「経営とは、協力者を得ることである」。
封建・軍隊の残滓
敗戦後すぐの時代には、日本の人事管理は英国流が多かった。やがてアメリカ流に傾斜していくが、最初は英国の人事管理論を学んだのである。
ところが、「経営とは協力者を得る」にしても、「handからheadへ」にしても、日本流はなかなか核心を掴み得なかった。工場などでもっとも支配的思想と管理術は、帝国陸軍流がしぶとく生き残っていた。60年代、われわれ青年有志は、封建制の残滓、帝国軍隊の残滓としばしば衝突した。
見方を転ずると、1960年の三井三池争議は、戦前労務管理思想と、民主主義に目覚めた労働者の激突であった。その衝撃は激しく深く、戦前労務管理は次第に戦後人事管理へと変わっていった。振り返れば70年代が、もっとも日本的労使関係が成熟した時期であり、人事管理も新鮮に変わったといえる。
しかし、前述したように、それが80年代バブル時期に緩んで、やがて今日の体たらくになったのである。
性根のない管理論
いまの人事管理を一言でいうと、なるほど管理技術は精緻を極めているかもしれないが、「heartless」だ。性根がない。性根のない管理に服している人々は、管理されることに埋没しているのであって、「hand」のままである。いわゆる、上意下達に従順な官僚主義がはびこっている。
わが産業界が再び興隆するためには、第一に人事管理論からはじめて、人事管理をこそ再建しなければならない。
