論 考

平常化にはかなり時間が必要だ

筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)

 尹大統領の戒厳宣言を巡る事情が次第に明らかになっている。

 与党が大敗した総選挙後の初夏、呂寅兄国軍防護司令官は、尹氏、金龍顕国防相との会食で、尹氏が時局を語りながら次第に激昂して戒厳の話を持ち出したと語った。

 呂氏は、「最近の軍は過去のような軍ではない。」と応じ、そのような話を口にしないように諫めたが、その後もなんどか戒厳の必要性について聞かされたという。時には、膝をついて諫めたが、聞き届けられなかった。尹・金・呂は沖岩高校の先輩・後輩である。(沖岩高校では、在校生に対する不測の事態をふせぐために、制服でなく普段着で通学するように校長が通達した。)

 野党のなかには、早くから、尹氏が戒厳令を発する危惧があるという見解を発する議員がいたが、おおかたは、「まさか。そんな憶測を言うな」と無視する気風だった。その情報は間違っていなかった。

 尹氏が戒厳宣言したあとの議会関係者の動きを時系列でみると、切羽詰まったなかで、戒厳令反対の効果的な対応がなされたことがわかる。

 3日22時28分に、尹氏が戒厳宣言。

 同30分には、与党・国民の力では、「(尹氏と緊張関係にある)韓東勲代表が危ない」という声が出た。韓氏は、直ちに「戒厳令は間違っている。国民と共に阻止する」と声明して、国会へ向かった。韓氏は国会の門を固める警察を一喝して、中へ入った。

 韓氏は非議員であるが、すでに議場に入っていた野党・共に民主党の議員が招き入れ、李在明・共に民主党代表と握手を交わした。議場には議員190名(与党8名)が集まった。

 23時14分、議長が議場へ入った。

 23時25分、朴安洙戒厳司令官が戒厳令布告。

 23時48分から軍用ヘリで兵士280人が国会の敷地に入り、4日0時30分には、バリケードが築かれた国会のガラス窓を割って侵入を試み、中を固める秘書たちと小競り合いが起こった。

 4日0時48分、本会議開会。

 同1時01分、戒厳令解除決議。

 同1時14分、軍が国会から撤収した。

 同4時20分、尹氏、戒厳令解除表明。

 議員や議員秘書たちの機敏な行動が議会での戒厳令解除決議を素早く実現させたことがわかる。この動きが鈍ければ事態は大きく異なったと思われる。

 10日には、検察が金龍顕氏を逮捕した。戒厳令は金氏が原稿を書いて、尹氏が仕上げたらしい。

 野党は12月14日17時、再度大統領弾劾決議を行う予定である。

 与党は尹氏の秩序ある退陣論を進めていた。しかし、尹氏は辞任する気がない。12日には、尹氏は、「野党の議会独裁に対して自由民主主義と憲法秩序を守ろうとしたのであって、(戒厳令は)司法審査の対象にならない統治行為である」として、司法の場で最後まで闘うと発表した。

 与党議員も、これでは弾劾しかないという声が出ており、すでに5人が弾劾賛成に投ずると公表している。今度は弾劾が成立するのではないか。

 ただし、戒厳宣言がもたらした痕跡は非常に大きい。韓国の政治が平常を取り戻すには、まだ相当の時間が必要になりそうだ。