筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)
アメリカ大統領選挙、大接戦、互角で投票日を迎えた。
期日前投票を済ませた人は8200万人、有権者の48%に相当する。その党派別は民主党38%、共和党36%、その他26%になるらしい。併せて上院議員100人中34人改選、下院議員435人全員の改選もある。
大統領選挙の予想は立たないが、僅差だけではなく、ひょっとするといずれかが快勝する可能性もなくはないだろうが。
なぜ、米国民でないのに格別の関心があるのか考えてみた。
トランプが民主党の外交を批判するのは、客観的にも理解できる。もちろん、彼と同じ問題意識からではない。
その際、トランプが米国外交の現在だけではなく、過去をどのように分析しているのか。それがわからない。アメリカは第二次世界大戦以来、世界において、よくもわるくも圧倒的プレゼンスを発揮してきた。たとえば、反共十字軍と呼ばれ、世界の警察官ともいわれた。
それらがよいか、わるいかはともかく、外交が米国自身の繁栄のために全面展開されてきたことは疑いがない。トランプが外交批判する場合、自分自身が享受してきた繁栄がそれと無関係でないことを承知しているだろうか。
外交に限らず、すべての行動はメリットとデメリットの総和である。そこから片方だけを引っ張り出して評価するのは妥当ではない。アメリカは、少なくともメリットを確信して、世界中に手を出し、かき回してきた。それが、いまトランプが批判する外交の全体である。
なにをやってきたにせよ、外交には継続性の原理が大きく関係する。だから、外交方針の決定には慎重にも慎重を重ねる心がけが不可欠である。
ところが、トランプ的思考の突拍子のないことはすでに証明済みだ。熱烈ファンならば、彼は「いいようにやろうとするのだからよくなる」、と念仏を唱えていればよいが、その他衆生はそうはいかない。なにしろ、けったいな物事にはきわめて疑り深いのである。
米国内政について考えても、トランプはなにをしでかすかわからない。独裁か民主かという問題設定はその最たるものである。
米国的民主政治がどうなるのか。トランプ発言から、彼がデモクラット代表だという承認は不可能である。嘘はつく、ホラだらけ、差別むき出し、暴言の塊みたいな演説だけが突出している。
トランプが進行する宗教においてはバベルの塔の話がある。人々が驕慢になってバベルの塔を建て、天に上ろうとするので、怒った神か塔を破壊し、人々の言葉をバラバラにして意思疎通できなくした。作り話であるが、なかなか示唆深い話である。
神でもないトランプが、民主主義の塔を破壊せんとする。すでに塔は形骸化しており、崩壊の危険を抱えている。同じ言葉を話していても、トランプが言葉の価値を骨抜きした。その結果、人々は極度に分断を深めている。新たな神話が作られるかもしれない。トランプの塔だ。
政治とは、バラバラの人々を紡ぎあげていく働きである。わたしはこういう考え方であるから、トランプの資質、意識、行動に正常さを感じ得ない。政治は白から白、黒から黒だけではなく、黒から白が生まれることもあるが、彼の場合には混乱を招いておしまいのような予感がある。
アブノーマルからノーマルが生まれると期待するのは、果たしてノーマルだろうか。やはり、アブノーマルだと思う。そんな次第で、なんとかハリス氏に米国民の選択が決まってほしい。無信仰なので、お祈りするわけにもいかず。うーむ。
