論 考

「労働組合の『未来』を創る」を読む

筆者 新妻健治(にいづま・けんじ)

 ―連合・連合総研による、「労働組合の『未来』を創る」が刊行された。私は、強い関心をもって精読し、3つのことを感じた。まず、問題解決を為す主体の存在を感じなかった。二つ目に、労働組合とは何か、そして人間いかに生きるかを問う、哲学がない。三つ目に、私は、労働組合とは社会改革の運動体だと解するが、ここにはその運動論がない。総体として、社会的影響力を失って危機に瀕する労働組合とその運動を再生するという「本気が無い!」と、私は総括した。

「労働組合の『未来』を創る」を読む

 本年6月、連合・連合総研の研究報告書「労働組合の『未来』を創るー理解・共感・参加を広げる16のアプローチ」(注1)が、刊行された。日本の労働組合とその運動を牽引すべき連合が、主体として取り組んだものであり、私は強い関心をもって精読した。

 報告書は、学識者、産業別労働組合、連合・連合総研から構成される委員会で、取りまとめられた。巻頭に、研究会のメッセージとしての「狙いとまとめ」が、そこに至るいくつかの問題意識とともに記されている。以降は、報告書の副題にもある、「理解・共感・参加を広げる16のアプローチ」が、各専門家からの提起として、4つのテーマに区分されて、展開されている。

 全体としては、労働組合に対する「理解・共感・参加を広げる」ということを、この報告書の通奏低音としているようだ。 

主体が無い

 この報告書の問題意識を知るため、「狙いとまとめ」を丁寧に追ってみた。

 まず、環境の激変下、働く人びとは、将来に展望が持てる働き方・生き方を求めているとしている。しかし、多様な個人の多様な働き方が可能な現在、働く個人は、この将来に向けて、キャリア選択の支援を受けられない「キャリア孤立」(注2)というリスクを負うのだと。そして、そのことが、労働組合の連帯的役割を一層重要にするという。その役割を果たすべき労働組合の現状は、社会からの理解や共感が低く、組織の持続可能性を脅かす事態にもあると主張する。

 そして、労働組合の役割が、社会課題の解決へと広がるなか、内向きの問題解決と社会課題の解決手法には根本的な相違があり、労働組合が社会性を獲得し、広く理解や共感を得て、その社会課題の解決に当たるには、新たな手法が必要なのだとして、「理解・共感・参加を広げる16のアプローチ」へと続く。この「狙いとまとめ」に、私は落胆した。

 現在を、激変下と一括し、説明はしない適当さ。将来展望が持てる働き方・生き方が、働く人びとが求めていることとするが、その理由は説明しない。そこから、「キャリア孤立」を社会課題として引き出し、労働組合の連帯的役割の必要性を説くという論理の飛躍。そして、この連帯的役割が、この社会課題の解決にどう機能するのかは説明しない。

 次に、その役割を担うべき労働組合の現状の問題を指摘するが、この問題が社会課題の解決をどう阻害するのかの説明はない。加えて、労働組合を内向き指向とし、それは社会課題の解決には機能せず、ゆえに新たな手法が必要だとする決めつけ。それを、「理解・共感・参加を広げる16のアプローチ」につなげる。だが、「理解・共感・参加」が、なぜ重要で、社会課題の解決に、どう機能するのかの説明はない。

 この「16のアプローチ」も、労働組合の未来を語るにあたって、核心的問題・課題に行き当たっていないからだろうか、戦略性からの各分野の軽重や連関の文脈がなく併記されている。「狙いとまとめ」も、「16のアプローチ」の4区分も、どうも、後付け感が否めない。

 以上、根拠や説明の無い提起、論理の飛躍や決めつけの展開を重ねるのだから、この「狙いとまとめ」は、極めて空疎なものとなっている。

 それゆえ、この報告書全体を覆う、私が主体して労働組合の未来を提起するのだという、主体の存在感じることができなかった。その主体から発せられる信念を、私は受け止めたかったのであるが。

哲学が無い

 私が労働組合の未来を語る主体であるなら、まず、「労働組合とは何か?」を問い、前提として共有したい。それは、労働組合の、原理・原点・基本を捉えることである。そのうえで、労働組合の歴史的経過を踏まえ、その社会的な存在意義と価値とは何かを、明らかにしたい。これらのことを、労働組合と運動の現状に照射することで、本質的な課題が、正しく認識できるからである。

 そして、労働組合の存在意義とは、社会改革の運動体であると、私は解する。その社会改革における不変の理念とは、「人間が、より人間らしく生き得る社会の実現」にある。であるならば、人間とはいかなるものか、何をもって人間らしく生きる得ることとするのか、ゆえに、人間いかに生きるべきかを明らかにし、それを運動の根本としなければならない。

 また、労働組合の存在価値とは、この社会改革の運動を大衆運動として為すところにある。改革すべき現状の社会とは、そこに生きる人びとの生き方の総体として現前する。ゆえに、労働組合は、働く人びと自らの参加と行動による連帯から、人間として望ましい生き方を希求する運動を展開することで、社会改革を実現するのである。

 このような哲学的な押さえ無きまま検討されたものは、本質を欠いた、現状の改善・改良の範疇を出ないものに堕する。この報告書には、その哲学的な検討が無い。

運動論が無い

 労働組合とは、社会改革の運動体である。社会改革の運動を展開するには、私たち(社会と労働組合)が、今どこにいて(正しい現状認識=起点)、どこに向かうのか(次代社会の構想=終点)という座標を定め、そしてそれは、どのようにして可能となるのか(改革の道筋=運動論)を、運動として明らかにしなければならない。(注3)

 この報告書は、このような構成とはなってはいない。少なくとも、労働組合とその運動の現状を語るのであるならば、敗戦後日本の労働運動の経過と総括、連合結成以来の総括、また、日本社会の崩壊の危機を救う改革の運動論を持てと提起された「連合評価委員会・最終報告」(注4)以降の総括は、最低限に必要ではないだろうか。

 なぜなら、現状の労働組合とその運動の問題は、これらの歴史的経過と陸続きにあるからだ。その思索無しに、労働組組合の現状を語るのでは無責任極まる。仮に、この報告書が現状の改善・改良といった趣旨であっても、これらのことなしでは、泥田に家を建てるような、確証のない仕事になるからだ。

 運動とは、人びとが希求することを、気づきや感動からその実現可能性を媒介し、人びとの動員を促し、集合的行為に移し、それを実現する行為である。この報告書には、人びとが真に何を希求するか、その哲学的な検討も無ければ(前述)、その実現を運動として展開するという検討もない。つまり、運動論が無い。

留めておきたいこと

 しかし、提起された「16のアプローチ」の中には、頭に留めておきたいものもあった。

 一つは、社会の中間団体としての労働組合と民主主義の発展の関係性の観点から、戦略的に運動を地域で展開するという提起だ。さらに、その運動の活力は、「理解・共感・参加」という次元ではなく、人びとの主体的関与を促すという原理をもって展開するというものだ。(注5)

 もう一つは、労働組合が官僚組織化し、組合リーダーが現状の存続を重視して行動するから、変化できないという問題を指摘したうえで、組合員の共通の価値観や方向性により組織の求心力を高める「パーパス(目的)」「ビジョン」による組織開発と組織マネジメントの必要性を提起している。加えて、それを実現可能とする組合リーダーの資質・能力にも言及している。(注6)

 しかし、これらは報告書における重要な論点とはされてはいない。

まとめ

 この報告書を総括すると、「本気が無い!」としか言いようがない。この報告書は、連合のアリバイ作りではなかろうか。労働組合とその運動が、社会的影響力を失いつつある危機に、それを放置はできないから、調査研究はやってみたが、本気にはならないという証明みたいなものだ。

 なぜ、こうなるのか。再掲するが、「連合評価委員会・最終報告書」は、社会改革の運動展開することの基礎は、「なにを(WHAT)」ではなく、「なぜ(WHY)?」という、根本を問う、「考える労働組合」という組織文化を築くことに向けての意識改革の必要性を提起した。

 これは言い換えると、組織維持のための業務遂行に終始する官僚化した労働組合への、厳しい批判であった思う。しかし、この報告書を読めば、この20年、何も変わらなかったとしか思えない。

 これは労働組合とその運動を担う人びとの生き方の問題である。限りある人生、いかに生きることが、自分にとってより価値あるものなのかという、自らの希求が無ければ、人も組織も、官僚化は避けられない。

<参考文献等>

注1 「労働組合の『未来』を創る-理解・共感・参加を広げる16のアプローチ」 連合総研・連合「労働組合の未来」研究報告書、2024年、連合総研

注2 「キャリア孤立」とは、これまで企業が担っていた個人のキャリア形成支援が、雇用が流動化することにより、企業内では支えきれないなか、支援を受けられずにいることを指す。

注3 このことは、「私の提言」-「連合運動の座標と運動論の検討」、新妻健治、2021年に詳しい。関心のある方は、ご請求ください。(niizuma@e-fuji.or.jp)

注4 「連合評価委員会・最終報告」2003年、日本労働組合総連合会(連合)

注5 注1報告書・第Ⅰ部・2章、「労働組合と民主主義の未来―地域とファンダムの可能性」、宇野重規

注6 注1報告書・第Ⅳ章14章、「労働組合が自ら掲げる理想とは?-組合の綱領と実践の分析」、中村天江