論 考

懲りない政治家

筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)

 歴史は繰り返すという。

 歴史が勝手に降ってわくのではない。人が歴史を作っている。だからこの言葉は、人が性懲りもなく失敗を繰り返すという愚かさを指摘した言葉である。

 なぜか? 人は生まれて死ぬ。世の中を担っている人はつねに変わっている。前世代が戦争の惨禍を体験して、もう二度とあんな目にあいたくないと誓ったとしても、次の世代になるとまたぞろ戦争に突っ込む。

 過ちを繰り返さないと誓うのは、反省したからである。しかし、次の世代は反省するべきものがない。反省した人々も、都合の悪い過去を忘れる技能を持っている。だから、歴史に学ぶ。歴史の教訓を忘れるなと忠告するわけだ。

 わたしが工場で見習い当時、先輩からもっともたくさん聞いたのは、「失敗してもいいが、同じ失敗を繰り返したらいかん」という言葉だった。これはよくわかるから、その気になるが、気のゆるみ、不注意といった集中力欠如による失敗はゼロにならない。しまったというのは後の祭りだ。

 戦争はいかん。理屈ではわかっているつもりでも、社会的注意力のゆるみから為政者を統御できなくて戦争を始めるかもしれない。平和や反戦を叫ぶと、現実的でないと批判する向きがあるが、その状態がすでに注意力が緩んでいる可能性が高い。さて、喫緊の課題をみる。

 選挙戦後半、最後の決戦というときに、自民党が非公認候補にも2000万円交付したことが露見した。石破氏は、法律的に、倫理的に違反してはいないと抗弁するが、非公認とは、自民党の看板が使えないだけでなく、公認料も出さないのが当然だ。これなど、裏金問題で反省しましたと低頭している最中に、背後で反省だけならサルでもできるとほくそ笑んでいるようなものだ。

 おかけで、自民党の誠心誠意という言葉には中身が伴わないことが白日のもとにさらされた。もちろん、熱烈支持者は「もうちょっと上手にやればいいのに」と残念だっただろう。しかし、人をだまして平然としているようでは、政党・政治家として通用しない。

 考えてみると、いままでなんどもこのような事態があった。自民党の金権利権体質は昔から一貫していて改まらない。歴史に残る汚職事件は掃き捨てるほどある。そのたびに「心から陳謝します。自民党は生まれ変わります」と低頭して殊勝な言葉を連ねてきた。しかも、今回は選挙戦で低頭中の不埒な話である。

 自民党は性懲りない政党である。本当に変わったと判断するには時期尚早だ。もし、人々がこのような事態において、まあ大丈夫だろうと寛容な態度を見せるならば、まさに「歴史は繰り返す」を実践することになる。

 政治家が本気、必死になるのは選挙のときだけだ。そうでないときには、裏金事件のようなバカを平気でやっている。有権者を軽んじたらどういうことになるか。それをきっちり教えねばならない。