筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)
いまの政治を変えたい人はおそらく多数派だろう。変えるためには、いままでと違った状態を作り出さねばならない。しかし、どんな状態がみんなの期待なのか。わかったようでわかっていない。摩擦や葛藤が発生せずして変化はない。
政治の安定を求める声は多い。そのためには、政治はつねに緊張に支えられている必要がある。緊張なき安定とは、まさにこの十数年間の政治であって、汚職があろうが、背任があろうが、政府与党が追い込まれなかった。圧倒的多数の議員を擁しているから、数の力で異議申し立てを無視、あるいは潰してきた。こんな状態で、安定した政治ができるわけがない。
弛緩した政治とは堕落した政治と同じである。弛緩し堕落した政治を、安定した政治と錯覚しているにすぎない。
つまり政治を安定するには、緊張感が必要である。なにか不都合なことが発生すれば政局が敏感に動かねばならない。政局が動くことは不安定なのである。政局不安定こそが政治の安定にとって不可欠の条件である。
いま発生しているのは政局不安定そのものだ。石破氏ら自民党リーダーは世間の強い風当たりのなかで、なんとか世間の意を汲もうとする。それは党内部には反発や離反を生みつつある。
世間にもいろいろあって、いまは自民党に対する批判の部分に焦点が合っているが、批判をそのまま受容したくない人々の世間もある。それは自民党内の反発・離反と同じである。自民党は党内の反主流的部分との摩擦・葛藤を抱えつつ、総選挙に入る。
それは自民党に逆風なのだが、緩み切った党内のタガを締め直すことでもある。悪くすれば党内での足の引っ張り合いで共倒れになる。一方、危機感を共有して一致結束箱弁当になるならば、従来とは異なった新しい力が台頭する可能性もある。
野党は追い風にあるが、選挙において有権者の投票を獲得するには、自民党の敵失に依拠しただけではダメだ。最近の都知事選で、蓮舫氏の選挙活動はおおいに盛り上がっていたが、結果は立民・共産の固定票から大きく伸びなかった。お神輿を景気よく担いでいても、見物人を引き込めなかったら本当の盛り上がりにはならない。
しかも、野党候補が林立して選挙に挑むならば、自民党の退潮を抑えて支援する結果にもなりかねない。石破氏が、総裁選での公約を棄てて、早期解散に走った理由の一つは、野党全体の協力体制を作らせない狙いである。
公約違反だと、いくら議論を吹っかけても仕方がない。時間がないとしても、そこで野党力を最大発揮できる態勢を作らねばならない。それは全野党の責任である。
この程度の戦略的思考ができなくて選挙戦に突っ込むのであれば、自民党が追い込まれているのに、その好機を逸する。自民党の失態は野党が工夫して追い込んだのではない。せっかくの好機において、野党力を存分に発揮できないとすれば、野党には緊張感が薄いというしかない。
政治は簡単には変わらない。そうではあるが、わたしは、いまはかなり面白い状況が生まれつつあるとみている。
