筆者 渡邊隆之(わたなべ・たかゆき)
7月7日投開票の東京都知事選は現職小池百合子氏が三期当選で幕を閉じた。しかし、その獲得票数は2位石丸伸二氏、3位蓮舫氏の票を合わせた数を下回った。投票率も60.62%であり、もっと投票率が上がればまた違った結果になっていただろう。現に20代、30代では石丸氏の得票数が小池氏に勝っていた。
選挙後、石丸氏の理屈っぽいマスコミ対応を「石丸構文」と表現し、特に地上波では「モラハラ」「パワハラ」など一斉に石丸叩きが始まった。注目すべきはそこではないだろう。石丸氏のSNSの再生回数が増え、街頭演説に多くの人が集まった事実をどう評価すべきか。
石丸氏は「没落し続ける日本をこのまま次の世代に引き継げない」と主張した。「既存の政治家は問題を放置し続けてきた。しかし、諦めている場合ではなく早期に政治を再建して問題を解決しないとそのリスクは国民が負うことになる。だから、みんなで政治を変えていこう。」と訴えた。「政治屋の一掃」「既存政党に与しない」という発言も現状維持をよしとしない意思の表れだろう。
1974年のオイルショック以降続く人口減少問題も、東京都ならまだ資金と体力があり、早期に手を打つことで他の自治体やこの国全体の問題解決にも波及すると考えていたのだろう。高圧的な受け答えと言うのならば、かつて都知事だった石原慎太郎氏の方がもっと高圧的だった。過疎化の進む安芸高田市での行政経験があり、市議会議員とのバトルも批判されるが、今のスピードでは改革できないとの焦りによるものではないか。日本は労働生産性が改善されずGDPの順位も年々下がっている。だからインタビュー時の愛想の良さや枝葉の公約よりも、民主主義の根本、原理原則を重視し、その点についての質問を望んでいたようにも思える。
SNS上で投開票後の石丸氏への質問の回答で面白いものがあった。「選挙での敗因は何だと思いますか」の質問に対し「当初からマスコミが取材に来てくれなかったから」とやり返した。「今回の選挙が盛り上がった要因は?」の質問に対し「みんなが楽しかったからだと思います。」と返した。「国政選挙には不向きだと思いますが」の質問に対し「同意です。」と返した。石丸氏は演説中に「選挙を楽しんでください」と話していた。政治とマスコミ報道の再建が遅れている旨の指摘もあり、「マスコミは住民や国民の視点からの報道をしてほしい」と訴えていた。
彼自身は名誉職に就きたいのではなく、この国をよくするために多くの人の政治参加を望んでいる。ある意味、陸上競技で最初に競技者を先導するペースメーカーの役割を果たしているようにも思える。安倍政権下での安保法制強行採決の際に脚光を浴びたSEALDsの派生版のようでもあった。
地上波では小池・蓮舫・石丸・田母神の4候補を取り上げたが、他の候補者の政策内容は約6分間の政見放送を除きほとんど紹介されない。現職知事への政策評価もなく、主要4候補でさえ柱となる政策紹介や徹底した討論会もなかった。小池氏の経歴詐称疑惑につき、ルームメイトの実名告白があったもののダンマリを決め込んだ。既存政党やスポンサーによる圧力があったのではと疑いたくもなる。
TVや新聞等では強い倫理観が求められそれは尊重されるべきだが、候補者やその政策を伝えないのが政治的中立性とはならないだろう。ネットでは候補者間の討論も行われたようであるし、政権で問題視された候補者の人柄や出馬の動機等も取り上げられた。
本来民主主義のために国民の知る権利に奉仕し、国家権力を監視する立場にある既存メディアが十分にその機能を発揮しているとは思えない。若者が選挙に関心がないと言われ続けているが、それは重要な政策が世襲議員・組織票・資金力等見えないところで決まり、国民を苦しめる法律ばかり成立しているからである。若者世代の視点からは「選挙は老害の就活イベント」と位置付けられているのだそうだ。
今回の石丸氏の躍進は想定外だったとメディアは騒ぐが、地上波はじめ差し障りのない表面的な内容しか報道しないメディアに愛想をつかし、政治に関心のある層は、自分でネットで掘り下げて情報を収集し投票所に足を運んでいる。高齢者が地上波TV報道を鵜吞みにし、若者がネットで詳細な情報を収集している点でロシアと変わりがないでもある。
いろいろ騒がれた石丸氏だが、今回の選挙につき約1か月で2億7千万円の個人献金が集まったそうだ。かたや骨抜きの政治資金規正法成立に多くの時間を費やし、能登地震後被災者救済を現場に丸投げしている与党国会議員には4月に続き7月にもまもなく政党交付金が支給される。メディアでも深く追及しないのはなぜなのだろうか。
最後に今回獲得票数5位の安野貴博氏について言及しておきたい。今回メディアで取り上げられなかったが33歳と若く日本のオードリー・タンといっても過言でない人物である。デジタル民主主義を掲げ、AI活用によりコスト削減と民意に寄り添う政治実現を訴えた。配偶者の街頭演説も好評で「他人の悪口を言ったことがない」との内容も聴衆の心に刺さった。政見放送でも理路整然と政策と将来ビジョンについて語っていた。
既存政党が敬遠されるのは、相手のけなし合いばかりで納得のいく緻密な政策が訴求されないこと、また、メディアが国民の知りたい情報を提供しないこと、この点にもっと光を当て批判されるべきではないか。また、公教育でも6・3・3制で知識は詰め込むが、国民の幸福につなげる主権者教育が十分でない点ももっと問題視すべきだろう。
蓮舫氏落選で立憲民主党もショックを受けているという。しかし、ショックなど受けている場合ではない。迅速に国民が納得できる政策立案をし、与党以上に訴求することが望まれる。労働組合組織率が低下している昨今、連合に頼り過ぎず、生活者目線から刺さる政策立案を望みたい。