週刊RO通信

本当に、「信じられない」か!

NO.1571

 次から次へと、予想外というか、またかというべきか、腹立たしいニュースが飛び込んでくる。7月13日、ペンシルヴァニア州バトラーでの大統領選挙野外集会で、トランプ氏が狙撃された。

 前日、デトロイトでバイデン氏が36分間熱弁をふるい、聴衆から「やめないで」コールが連呼され、熱い集会だと報道された。その報道直後の、トランプ氏の遭難である。トランプ氏は右耳上部を打ち抜かれた。聴衆の1人が死亡し、狙撃者は警備隊に射殺されたようだ。目下、全容は不明だ。

 トランプ氏は野外会場で数千人集めるので、警備は大変である。大統領経験者であるトランプ氏の場合、大統領警備隊と地元警察が共同で警備する。会場の爆弾チェック、参加者全員の金属探知機検査が中心である。トランプ氏は頑丈に要塞化された車列で乗り込んでくる。今回の犯人は会場外の屋根の上からライフルで射撃したといわれている。

 すぐに思い出すのがケネディ大統領(1917~1963)の事件である。1963年11月22日大統領選挙キャンペーンでテキサス州ダラスをオープンカーで移動中に狙撃され、2発命中して即死した。

 犯人としてオズワルドが逮捕されたが、いまも真犯人かどうか定まっているとはいえない。キューバへの対応に不満と反感を抱くCIAの仕業ではないか、キューバ人グループ説、マフィア説、あるいは産軍複合体説まである。オズワルドが射殺されたので、まさに謎が謎を生んでいる。オズワルド単独犯説はとても納得できるものではない。

 大統領で最初に凶弾に倒れたのはリンカーン(1809~1865)である。南北戦争で、南部連合総司令官のリー将軍が降伏して戦争が終わった6日後、1865年4月15日、フォード劇場で観劇中に南部人の俳優ブースに1.2メートルの至近距離から狙撃されて斃れた。

 リンカーンが最初に狙われたのは1864年で、馬にまたがってホワイトハウスに向かう途中、弾丸が帽子を貫通した。その後大統領のシークレットサービスが開始されたという。

 話を戻す。トランプ氏の事件後ただちにハリス副大統領は、「暴力は私たちの国にふさわしくない」と声明を発した。

 トランプ氏も、「このようなことがわが国で起きるとは信じられない」と語った。まさか、自分が狙撃されるとは思わなかったのだろう。しかし、先の大統領選挙後、国家議事堂襲撃事件で、あわや暴力革命かと思わせるような挑発的言動を繰り返したのは自分自身である。

 共和党グリーン議員は、「民主党はこういう事件を望んでいた。トランプがいなくなることを期待し、実現のために何でもやる用意をしていた」と見解を発した。おおかたの議員が、民主主義に暴力は似つかわしくないと発言する(だろう)が、彼は、さっそく大統領選挙に利用したいらしい。選挙戦のネガティブキャンペーンに対し、良識ある人々は非常に不快感を抱いているが、こういう調子に発展すると、大統領選挙がますます泥沼化する。

 まだ犯人の狙いはわからない。射殺されたとすれば、本人に聞くすべはないが、少なくとも、犯行を選挙に短絡するのは危険だ。

 そもそも、犯人の意図がバイデン氏と民主党有利になるように、トランプ氏の抹殺を企てたとすれば、相当な政治オンチであり、その党派性など怪しいものだ。

 民主主義は個人の尊厳に立脚しており、暴力をもって貫徹するようなものではない。少なくとも、このくらいは、政治的言動や行動をする人であれば弁えているはずである。

 しかし、なにがなんでも相手を倒せばよろしいと考えるような気風が育っているとすれば、アメリカはすでに民主主義の大国ではない。

 1990年代には、遠からず国内に暴動が起こってもおかしくないと警鐘をならす学者が少なくなかった。いわく、いかんともしがたい格差、人種差別などがその理由である。トランプ氏に全責任を負わせるべきではないが、同氏が国内の不満や混乱を利用してのし上がったのは事実である。

 この事件が各派の冷静な思考と判断を生むことを切に期待する。