論 考

カンダタの岸田

筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)

 新聞は結構なスペースを使って自民党を巡る政局を論ずるが、中身は格別新しいものでもなく、まして確たる事実でもない。思うに、政局が混沌としていて、なにか塊ができると走り出す前兆なのだろう。

 自民党の実力者の動きとしては、菅・二階氏が、小泉・石破・河野氏らを担ぐのではないか。茂木氏が、安倍派中堅に接近しているなど報じられるが、目下は、いずれも手探り状態である。

 虎視眈々、時が訪れるのを待っていたのでもない。自民党一強政治においては、なにをしてもまかり通るから、党全体が弛緩して、それが招いた惨状である。

 岸田氏が長年宏池会を率いてきたが、一向に出番がなく、自民党総裁に手を挙げた時には、すでに賞味期限切れの印象であった。長く外相のポストにいたが、外交手腕に卓越した実績を残したのでもない。

 前評判芳しからずのとおり、議会答弁はさえないばかりでなく、悪名高かった安倍答弁にまさるとも劣らないちゃらんぽらんである。裏金問題で窮地に陥って、あれこれ采配揮ってきたが、日本政治を大混乱にしたという責任意識がまったくみえない。岸田氏が大仰な言葉を使うほどに飽きられる。

 岸田氏はひたすら政権維持のために無い知恵を絞る。これが他人には推し測りにくい。ここまでの実績からすると、この人は日本政治のことも、自民党のことも念頭にはない。目立つのは政権にしがみつく意識である。だから、自民党の諸君にとっては疑心暗鬼になる。

 とくに、6月解散に打って出るのではないかという憶測が消えない。岸田氏にはカンダタというたとえがあるらしい。芥川龍之介著『蜘蛛の糸』のカンダタである。せっかく地獄を抜け出す蜘蛛の糸を見つけたのに、後ろを見ると、ぞろぞろ続いている。カンダタが、「これはおれの糸だ。お前らは降りろ」と叫んだ瞬間に蜘蛛の糸は断ち切れて、また地獄へ落ちた。岸田氏が、自分だけ助かろうとしているという痛烈な風刺である。

 実は、自分の運命と他の諸君とは一蓮托生なのだが、それがわかっていない。だから、自分が生き残るために解散に突っ込むのではないか。岸田カンダタも他の諸君と同様に地獄へ落ちるということがわかっていない。

 岸田氏も含めて、自民党諸君が気づいていない大衆の怒りがある。裏金問題はもちろん誰もが憤慨しているが、それ以上に、安倍政治から引き続いて、生活苦が強烈なダメージになっていることである。人々が日常的に支出する消費製品の価格は、おそらく体感では数年前の3倍くらいだろう。

 インフレ率2%をめざすとして10年以上、国債をジャブジャブ発行して、それでもインフレ率2%が未達成とするが、生活感覚はすでに10%くらいだというのが人々の感覚だ。外国へ行かなくも超円安の影響を十分に受けている。

 景気さえ好調なら自民党政治は安泰というのが歴代自民党政権の戦略的基本であるが、人々はマクロ数字の手品には騙されない。生活が苦しくなったという実感こそが自民党政治に対する反発の大本である。それもわからずに、岸田氏は選挙応援演説で、「賃上げを全国に拡大する」などと放言している。積年のツケに追い込まれていることがわからず、「お任せください」調を続けているのだから、泥舟を自分で沈めようとしている。