週刊RO通信

野党は民主主義政党の塊を作れ

NO.1461

 わたしが、与党たる自民党を好まない理由を煮詰めれば1点に集約される。国家主義の政党だからである。思想的ウイングが広い政党だから、国家主義者ではない議員もおられる。その人々が自民党の国家主義政党としての嫌味を消している。おおかたの議員諸氏もふだんは国家主義を極度に打ち出さない。なぜなら、民主主義は国家主義とは真っ向対立する。国家主義者の名乗りを上げることは、民主主義者ではございませんと宣言するのと同じである。

 国家主義政党を的確に表現したのは、中曽根康弘氏(1918~2019)である。自由民主党は「国家に忠誠、国民に愛情」の党だと語った。なかなか上手な表現であるが、これでは、国民の上に国家がある。中曽根流で民主主義政党を表現するなら、「国民に忠誠、国家に愛情」というのが正しい。

 国家主義は、社会において国家をすべてに優先して扱う。国家の権威と意思とに絶対優位を認める。だから、国家主義は全体主義とほぼ同義語である。民主主義であっても、リーダーは普通人とは別格扱いになりやすい。選挙で平身低頭した政治家が、バッジをつけると議員さまになる。

 議員さまは国家権力に近いから、ともすれば自分が権力だと勘違いする。議員自身の言うことに従わない普通人は反権力で生意気だとなる。世の中安泰ならば、大目に見られるとしても、一朝事ある場合、異議申し立てをすると非国民にされる。なにしろ国家権力は絶対である。

 民主主義の根本は基本的人権の尊重である。1人ひとりが個人として尊重される。国家主義に対しては個人主義である。個人の自由と人格的尊厳を立脚点とする。集団も社会も個人の集合体である。個人の自立、自由に対しては、国家といえども介入してはならない。これはきわめて大事な原則だ。

 衆知のように、個人主義は西洋中世のルネサンスや宗教改革の期間を通じて、人格的価値が発見された。わが国には、ルネサンスや宗教改革に相当する思索的期間がない。それらから生まれた民主主義が日本で採用されたのは、敗戦によってである。人々の考え方において個人主義と民主主義のつながりが弱い。個人主義といえば利己主義と一緒くたにする悪しき気風もある。

 敗戦までは、きっちり国家主義である。自民党はじめ保守人士がめざすのは、つまりは戦前の日本的体制である。これらは、現代人にとっては別世界の話で、勉強しなければ、国家主義の嫌なことも、個人主義のいかに価値があるかということも到底理解できないだろう。だから自民党は学校教育に異常なまでの執着を持つ。もっと国家教育をやれというのである。

 わが国は民主主義国家だから、国家主義政党は本来合法的政党といえない。自由民主党は看板に偽りありというのが、わたしの見立てである。民主主義の理論をねじ曲げようと執着する政党が、政権与党である。しかも、戦前体質をしたたかに残存させつつ、戦後一貫してわが国の政治を担ってきた。人々の意識の底流にも、いわば戦前流が根を生やしているからであろう。

 反自民(非自民ではない)の民主主義者としては、当然ながら民主主義に確固として立つ政党にわが国政治を担ってもらいたい。それが、15年戦争で無念にも亡くなった方々への慰謝であり、民主主義とたしかな平和主義の国作りへの道筋である。諸先進国では、革命によって民主主義を手にしたが、わが国は敗戦降参と引き換えに民主主義を獲得した。憲法学者の宮沢俊義(1899~1976)は、わが国では「日本国憲法が革命である」と語った。この言葉に出会ったのは大昔であるが、日を追ってその意味の深さを痛感する。はっきり言って、現状は野党の存在感がきわめて薄い。

 野党が、対決より解決だとか、非自民・非共産だと言う。対決は途中過程であり、解決は結果である。解決するために議論的対決しないのであれば、野党としての存在理由がない。自民、共産を全体主義的だと見るのであれば、反自民・反共産が正しい。国民が維新と組むのであれば、立憲が共産と組むことの批判はできない。維新は自民党分派で民主主義政党でない。

 野党が連携するのであれば、民主主義を推進する歴史的使命で結束するべきだ。そのような大きな構想がないから、本来勝負するべき与党の前で、野党同士の近親憎悪のような不細工を露呈する。民主主義を推進する政党として大同団結するのが、野党が進むべき正しい道だと確信する。