週刊RO通信

イギリス的精神復興!

NO.1379

 イギリスがBrexit(EU離脱)を決めたのは、2016年6月23日の国民投票である。有権者4,649万人・投票率72.2%、離脱派51.89%、残留派48.11%の僅差である。イギリスが2つに割れた。大英帝国のプライドを掲げる保守派が暗闇へ飛び降りた感もあった。

 当時の保守党の首相キャメロンは10年から政権を掌握していた。財政緊縮政策で党内外の不人気、15年の総選挙で勝利すればEU残留の是非を問う国民投票を17年までにおこなうと公約し、議員定数650のうち331議席を獲得した。キャメロン自身は残留派である。いわば、国民の不満のガス抜きを図ったのだが、爆発してしまった。

 その後、メイ首相が円満離脱をめざして努力したものの難航を極めた。誰がやったってうまく行くものかという雰囲気が漂う中、詰め腹を切る形でメイ首相が辞任。行動する野心というべきジョンソン氏が首相に就任した。しかし、イギリス・EUのFTA合意がまとまらない。円満離脱の期限を20年末に控えて、ロンドンは深い霧の中である。

 Brexit成立当初のEUは、ポピュリズム、とりわけ各国右翼政党の台頭で、不本意な歴史の曲がり角に直面して、深刻な雰囲気に包まれていた。加えてアメリカのトランプ政権の横車が続く。そこへコロナ騒動が発生してさらに危機意識が高まったのは必然である。しかし、塞翁が馬(淮南子)のように、危機意識からEUの結束が強まった。

 EU首脳会議は、コロナ騒動下で、7,500億ユーロの基金を創設することに成功した。もし、イギリスが残っていれば必ず猛反対しただろう。大西洋同盟の危機が転じて、EU統合加速の力を示した。一方、イギリスは経済活性化の追い風となるはずの中国主導AIIB(アジアインフラ投資銀行)に率先して加盟したが、アメリカの対中戦略のあおりで、目下冷却中だ。

 親EU派のスコットランド民族党SNPのスタージョン党首は、イギリスからの独立を虎視眈々と狙っている。ジョンソン支持の反独立派は、17年総選挙で健闘して、SNPの支持率を37%にまで押し下げたが、19年にはSNPは支持率を45%にまで回復させた。独立の住民投票を掲げて21年の総選挙を戦う構えである。イギリスはBrexitでEUから出て、EU分裂の危機をもたらしたのだが、今度は、イギリスの分裂という火種を抱え込んだ。

 最近の意識調査で、イギリス人は、EU離脱が誤りだったと考えている。離脱反対48%、賛成39%となっている。もちろん、直ちに国民投票でEU復帰をやろうというわけにはいかないが、離脱反対派が約10%の差をつけてBrexit投票時の関係を逆転したことには、大きな意味がある。

 その原因は、ジョンソン政府に対して不信を抱く人が増えている。コロナ騒動が大きな影を落としているのもまちがいない。離脱派・反対派共に現在のイギリス的状況に深い嫌悪感を示している。そして、両派共に、地域主権の政治を求める傾向があるという。

 イギリスは、J・ロック(1932~1704)の国である。ロックは、イギリス経験主義の代表者とされるが、人々の頭の中には、いまもその思想が脈々と流れているだろう。ここでいう経験主義は既存の経験の枠内にしがみつくのではない。経験を生かして事態に立ち向かうのである。キーワードは、明晰・精密・率直・的確などである。

 イギリス人の常識=common senceは、人々が身に着けた一般教養によって形成される。権力は、人民の固有権(本来その人のものとして所有するもの)を保全するためにある。権力が妥当なコースを歩んでいないとすれば、正しい法の支配とは言えないから、抵抗しなければならない。これが、イギリス人の伝統的常識である。日本的常識とは大きくちがう。

 いわば、この10年間、何かがおかしいということに人々が気づいた。とくに、反離脱派の人々は、自分はイギリス人であるが、同時に欧州人である。島国根性は恥ずかしいことだと言う。コロナ騒動下で、人々の心にロックの精神が頭を持ち上げる。これは、まさしく、転んでもただでは起きないイギリス的経験主義の美点であろう。わたしたちも、かくありたい。