日々道楽

政治が国民の安全を破壊する

 学者が政治と結託した場合の危険な事例は、たくさんある。

 1954年3月1日、米国によるビキニ環礁の水爆実験で、焼津漁船の第五福竜丸の乗組員23人が「死の灰」をかぶった際、米国のW・F・リビーは「灰の影響は無視できる」と大いに喧伝に努めた。彼は、ノーベル賞をもらった化学者である。

 もちろん米国政府は水爆実験の内容を日本に説明せず、日本の科学者が必死の独自調査を展開して、水爆と判明したのである。

 当時の外相・岡崎勝男は、「米国が防衛上必要としている実験であれば、日本が協力するのは当然」と発言して、初めから原因究明には腰を引いていた。

 国策によって真実が隠され、科学が捻じ曲げられる。権力の行使には、科学的・社会的に合理的な説明が必要である。この教訓は、誰もが頭に叩き込んでおかねばならない。

 政治が科学的合理性に基づいたものであるためには、科学者が政治によって頭を抑えつけられていてはだめだ。

 労使協調と同じで、はじめから協調を前提とすれば「馴れ合い」になる。政治と科学が、それぞれの立場で思うところを堂々と開陳し、緊張感をもってじっくり協議し、合意を得る。

 この構え方が確立していないと、科学自体がぐにゃぐにゃになる。日本学術会議問題は政治の越権である。