日々道楽

自由闊達な気風が大切

 日本学術会議の学者6人を、菅氏が任命拒否した理由は、言うまでもなく、諸氏の政治的傾向が気に入らないからである。この核心を語らないかぎり、どんな答弁も意味不明である。

 学術会議と無縁のわたしごときが文句を言うのは、このような1つひとつの政府の動向が、いつの間にか、国家主義や、官僚専制を当然にしてしまうという危機感を持つからだ。

 前内閣以来、政府与党は、自分たちの好き放題を繰り返してきた。それ自体はたまたまの事柄に見えるとしても、繰り返される間に、人々の意識においては「そんなものだ」という気風が育ってしまう。政治は、権力者と非権力者の間につねに緊張関係が構築されなければならない。個人として「そんなもの」であっても、国民全体としては、権力者の強権が拡大するから、「そんなもの」派の方々にもやがて重たく圧し掛かってくる。

 今回の問題は、実に単純明快である。行政が、従来よりも自分の権力を拡大したのである。

 立法・行政・司法の三権分立は、国民の政治的自由を保障するためにある。なかでも行政権力がもっとも国民生活に大きな影響を与える。だから、さらに直截的表現をすれば、行政の好き放題が拡大しないように国民がつねづね監視しなければならない。

 今回の問題は、政府が学者の1人ひとりを「監視」しているという意思表示であり、「気持ち悪い」と感じる学者は少なくないであろう。そこから学者が委縮して、自分の研究活動にいつも政府の考え方や動向を忖度するようになれば、国民が期待する政治に向かうわけがない。

 学者諸氏が自由闊達に思考し、研究し、発表できるための国民的努力を続けなければならない。