日々道楽

舞台は回る、役者は踊る

 読売が、石破氏阻止で安倍氏が「菅後継」を菅・二階両氏に働きかけたという記事を書いた。納得性が高い。表向きは、安倍氏は沈黙して後継たらい回しにタッチしない態度であった。安倍氏の意図を受けたものではないように装い、菅階ペースで派閥を引き込んだというわけで、なかなかの演出である。

 昔であれば、政権たらい回し批判がメディアを賑わしたのである。今回は、ほとんどそれらしい批判は起きていない。さすが、自民党長期政権の手練手管は年季が入っている。まさに安倍政治の継承である。

 党役員人事について、記者が「論功行賞か?」と質問したのに際して、「そんなことはない」と二階氏が色をなして反論したというのも、継承だから、帽子を代えただけであって、もっとも自民党が変わらなくてすむ。逆に言えば、継承論が正当性をもつためには、党が変わってはならないというわけだ。

 週刊RO通信no.1370(8/31)で「品位のある自民党に変わられるか?」と指摘したが、当面、変えることの象徴的存在だった「石破拒否」が大成功した。岸田後継では、緩いけれども変えることに通ずるから、これではよろしくないというのが隠し砦の三悪人(1958黒澤明監督作品)の一致した見解であった。菅内閣を誕生させる目的(content)も経過(process)も、明確に安倍政治継承だということになる。

 しかし、これではまだ安心できないというのが自民党知恵者の見方だろう。次は、いつ解散総選挙に打って出るか。政局が派手に動いている限り、人々は政局動向の芝居を見せられるわけだが、これでは、地に足のついた政治の議論が軽視されてしまう。局面が物理的に転換することによって、政治の中身のある議論ができないのはまことによろしくない。

 ここで、有権者諸氏の見識が問われている。