日々道楽

コロナウイルスの責任ではない

 コロナ騒動によって世界がどのように変わるだろうか。新聞には関連インタビューや論説が見られる。経済乱調が大方の論旨の基底である。そこから――

 ① G7、G20が機能不全で極論すれば「Gゼロ」で、国際協調が弱体化する。② 各国とも国内に格差が大問題である。③ 米中関係はデカップリングへ加速する。④ 各国ともサプライチェーンを集中ではなく、分散させるであろうetc.

 まあ、もっともな論調である。ただし、直接的には確かにコロナ騒動が引き金になったのであるが、前述の①~④は、コロナ騒動の以前にすでに現れていた動きであり、コロナ騒動は、それを加速させつつあるというべきだ。

 なぜならコロナ騒動以前から、世界はリーダーシップ不在の状態にあった。たとえばトランプ氏が登場したことによって、アメリカが極端に内向きになったのは事実であるが、氏の特異なキャラクターの出番を作ったのは、それ以前に、世界の外交が、いわばパッチワーク的になっており、あるべき方向への歩みを停止していたからだ――とわたしは考える。あるべき方向というしっかりした価値観がないのがリーダーシップ不在だ。

 そもそも、どこかの大国に世界の善政を期待すること自体が、各国の主体性のなさを示している。1970年代までは、(アメリカが)「世界の警察官」という場合には、(メディアに限らず)否定的に使われていた。いつの間にか、アメリカの恣意的世界戦略に唯々諾々従うのがよろしいというような、思想的堕落が支配してしまった。

 日米安保改定から60年で、ダイヤモンド婚などの比輸を使うのもよろしくない。日本的外交の思考停止を覆い隠すからだ。

 コロナ騒動で転んでもただでは起きないためには、あなた任せ的ものの考え方を個人の次元からも壊していかなければならない。