週刊RO通信

前田道路の捨て身の決意

NO.1343

 月刊ライフビジョン・論壇で「企業乗っ取りと闘う前田道路労働組合」を掲載した。1月20日、ゼネコン準大手の前田建設工業が、道路業界大手の前田道路(今枝良三社長)の発行済み株式の51%取得を目指す敵対的TOB(公開株式買付)を発表した。期間は1月21日から3月4日までである。前田道路は、1月24日、「公開買い付けに関する反対意見」を表明した。

 前田道路労働組合(松浦孝委員長)は、1月23日に臨時大会を開いて、「公開買付に反対する意見」を機関決定した。組合は、① 賃金、ワークライフバランス改善など、経営側に対して要望し、対立が発生することもあったが、労使関係に信頼感を醸成してきた。② 前田建設工業は大株主であるが直接取引は極めて少ない。③ 前田建設工業には労働組合がない。ありていに言えば、組合としては、組合のない会社であり、敵対的TOBをかけてくるような会社の子会社になるのはまっぴらである。

 2月20日、前田道路は、2020年3月期に535億円の特別配当を実施すると発表した。従来計画の6倍に当たる。これは、前田道路の株式時価総額の2割程度に相当する。850億円の手元資金の6割に相当する。

 前田建設工業のTOB条件には、「前田道路が単独純資産の10%に相当する額(約203億円)を上回る配当をするのであれば、TOB撤回をおこなうことがある」という文言がある。前田道路が決定した特別配当535億円は純資産の2割相当だから、TOB撤回条件を満たしている。

 この間、前田道路はTOB対抗策として白馬の騎士(white knights)を探した。第三の友好企業によって合併、あるいは新株を引き受けてもらい、買収を避けようとした。残念ながらパートナーを確保できなかった。最後の手段として、前田道路経営陣は手元資金を株主に大幅還元する決定をした。

 前田建設工業が狙っているのは、前田道路の潤沢な手元資金である。ならば、手元資金を大幅に減らすことによって、買収者の狙いが無意味になることで対抗した。わがほうが相当の痛手をうけても、敵にはそれ以上の打撃を与えて打ち勝つ。まさしく、前田道路は捨て身の戦いに出た。

 日経新聞(2/21)によれば、TOBは、(結果として)企業価値を引き上げるものであるから、前田道路の選択が正しいであろうかと疑問を呈した。

 しかし、建設・道路両者の事前の話し合いにおいて、前田建設工業が、前田道路を子会社化することによって両社のシナジーが上がると述べたのに対して、前田道路は、両社の戦略・戦術からして、シナジーは期待できないと明確に反論している。

 もっとも基本中の柱ともいうべき、子会社化の意義について、両社の見解が真っ向対立している状態において、前田建設工業は敵対的TOBに踏み切った。このように両社の見解不一致のままに、敵対的TOBを断行したのだから、前田道路労使が前田建設工業に対して憤りと不信感を募らせるのは必然の成り行きである。

 なんとなれば、このような聞く耳持たぬ経営者の配下になった場合、前田道路の自由闊達な経営が維持されると考える人は少ない。

 日経は、「日本企業で積みあがる資金をどう使うかという課題を改めて浮き彫りにした」と結んだが、前田建設工業の企業モデルが高く評価されているわけでもない。いみじくも、前田建設工業の狙いが、前田道路の潤沢な資金にあることを問わず語りに語ったみたいである。

 仮に両社が合体して、より大きな会社になったとしても、それだけでは単にドンガラが大きくなるだけである。企業価値というものは、おカネで測られているけれども、本当の価値は、全社挙げて活発な企業活動をすることであり、そもそも合体後の青写真すらすり合わせできない事情において、新たな価値が生まれるわけがない。

 日経新聞は経営者の新聞を呼号している。なるほど金融は力である。しかし、金融を大きくしたのは、前田道路においては全社員が力を結集したからなのである。他人の財布からおカネを引き出して、もっと儲けようというような経営センスが、果たして正しいであろうか。わたしは、このような乱暴な敵対的TOBを成功させても、日本経済は活性化しないと断言する。