日々道楽

微生物のハンター

 武漢に火神山仮設病院が10日で建設されて、本日、人民解放軍に引き渡される。平屋建ての大きな病院である。病床1,000。軍から医療関係者1,400人が派遣されて治療活動に当たるそうだ。感染予防検査や新札もおこなうが、感染者中心で、集中治療室・重傷者病棟もある。

 ものの本によると、医学の父と称されるヒポクラテス(前460頃~前375頃)の残した記録にインフルエンザらしきものがある。1020年にイブン・ストーナー(イスラム医師)が、感染症対策に隔離が有効だという説を唱えた。

 ポール・ド・クライフ(1890~1971)『微生物の狩人』の最初に登場するオランダ人のレーウェンフック(1632~1723)が、世界で初めて微生物を顕微鏡で発見した。デルフト市の門番として生活しながら、青年期から中年期まで20年間、自分でレンズを磨き続けた。周囲からは変人、役立たずに評されていたであろう。

 レンズによって極小さなものが大きく見えることに惹かれて、誰に頼まれたのでもなくひたすらレンズ磨きに精出した。そして、蜂の針や虱の足を繰り返し見つめた。ある日、降ってきたばかりの雨滴を自前の顕微鏡で覗いて、微生物を発見した。

 80歳を超えて、ぐらぐらした自分の歯を抜いて、レンズで覗くという、とことん観察者であり研究者であった。

 「1つの生命は他の生命を犠牲にして生きながらえている――残酷なことだ。しかし、何ごとも神の摂理である」。これがレーウェンフックの到達した考えであった。