論 考

ただ政権の座にあったのみ

 通常国会における首相所信表明演説は、いわば過去1年間を中心に来し方を振り返り、中長期的な政権担当者としての見解を開陳するものである。

 わたしが展開してきた人生設計システムのツールの1つに「私の履歴書」と名づけたものがある。就職試験で提出するようなものではなく、自分の精神遍歴を回顧する。もちろん、内容は他人には見せない。それの記入作業後、自分が作業を通して感じたことをお互いに話し合う。

 すると、①こんなこと考えたこともなかった、②隠す傾向がある、③嘘を書いてしまった、④自分を美化しようとする――という4つに、大体の感想が収斂する。自分を率直、かつ正直に認知することの難しさを感じるのである。

 安倍氏の所信表明全文を読むと、各省庁から集めたデータが満載であるが、その展開方法から、前述の②③④が見事に浮かび上がる。

 引っ張り出したデータの大方は、まあ、嘘ではない。しかし、全体の文脈が②③④を構成しているから、多くの新聞が拍手せず批判せざるをえない。

 安倍氏や周辺議員が次々にルール破りをやってきたのは周知の事実。憲法について論議しても、法を守らない連中の意見を虚心坦懐に聞くわけにはいかない。だから、安倍氏による改憲はだめだという主張が正しい。

 もう1つ、積極的平和主義だの地球儀を俯瞰する外交だのと称して、この7年間80か国・地域に飛んで800回超の会談をこなしたそうだが、まことに残念ながら、わたしには、議会審議からできるだけ離れるための工夫の1つであったとしか見えない。

 ロシア外交では、以前より対ロシア不信感が増した。韓国との関係はもっと悪い。韓国に期待するだけではだめだ。金正恩氏と直接会う決意だそうだが、決意の他には何もない。中国との関係も、中国が手を差し伸べなければ何も変化しなかった。アメリカにはずるずると抑え込まれるばかりである。

 しっかりと、世界と時代を見極め、政治の王道を歩むだけの見識も度胸も感じられないのは、わたしだけではなかろう。7年間も政権の座にあって、安倍氏自身の成長が見られないのは残念至極である。安倍政権の終わりの始まりだ。