論 考

高市氏を助ける中国の拙劣な外交宣伝

筆者 高井潔司(たかい・きよし)

 台湾有事に関する高市発言について、前々回は、これは大きな失言であり直ちに撤回すべきと、前回は、高市発言を擁護し中国との「世論戦に後れを取るな」と煽る読売新聞社説を批判した。だが各種世論調査によると、残念なことに日本国内の世論は、高市発言を支持する声が半数以上に上っているという。私自身は前回、前々回の論調は間違っていないと自負しているが、なぜ日本の世論は高市発言を支持するのか、異なった角度から解説したい。

 結論から言うと、中国側の宣伝が、受け手の反応、効果を考えないあまりにも拙劣なレベルであることが最大の理由だ。私は2011年暮れに『中国文化強国宣言批判』(蒼蒼社)という本を出版した。当時は胡錦涛政権から習近平政権に移行する時期で、中国の言論界、メディア上では、経済強国だけでなく、科学強国、宇宙強国など中国の大国化に向けて、「強国ブーム」で、「文化強国」もその一つだった。中国が文化強国を打ち出した理由のひとつは中国のイメージアップである。大国として世界にアピールするには、経済力だけでなく、世界から尊敬される文化力を併せ持つ必要があるというわけだ。中国の文化を世界にアピールする宣伝力の強化にも力を注いだ。

 これに対し、私は言論の自由、表現の自由のない国が「文化強国」の実現など困難であり、宣伝力の強化は、宣伝量の拡大ばかりを強調し、宣伝の質、宣伝の効果を考慮しない、あるいはできない状況にあると、中国のデータを挙げて指摘した。当時、中国の国営メディアは、海外でテレビ番組の放送や新聞、雑誌の発行によって、中国3000年の伝統文化を紹介したり、各地方の経済発展の様子を紹介していた。いかにも党中央宣伝部の許可を得たお堅い内容のものばかりで、興味を引くものはほとんどなかった。

 スペイン旅行をしたおり、ホテルのロビーには、誰も手を付けないのか、中国の新聞の英語版がどっさり積んであった。部屋のテレビには、NHK国際放送はチャンネルに登録されていなかったが、中国の国営テレビは登録されていて、視聴することができた。当時はまだ円高で日本人観光客の方が中国の観光客より多かった。よほど金を使ってホテルに売り込んだのだろうと推測した。スペインに来て中国の宣伝番組を見る旅行客などいるのだろうか。

 こうした状況はいかに中国当局が宣伝力強化に努めていたかを示していた。だが関連する中国の統計は、どれだけ宣伝力向上に予算をつかい、どれだけ発信したかの数字は示しているが、どれだけ視聴され、どんな効果をもたらしたか、全くあきらかにされていなかった。でも、こんなに宣伝しましたと、政府から補助金を引き出すにはいい材料だ。

 中国は一応科学的なマルクス・レーニン主義を掲げる共産党が指導する一党独裁国家である。党の指示は真理を体現し、疑問をさしはさんではならない。気性のはげしい国民はいくらでも陰口で政府批判を語るが、公式には言論の自由や表現の自由は許されない。台湾問題、対日問題を含め、すべて当局の宣伝方針は常に正しく、国営メディアはそれをどんどんアウトプットすればいいのだ。宣伝に関わる官僚や宣伝関係者は受け手の反応よりも、党の上層部の意向を忖度して、一層強く上層部に向けてアピールすることが大切になる。

 今回の高市発言に対しては、その撤回に向けて抗議し、中国外務省、軍、海洋警備当局などが矢継ぎ早に対日圧力を加えている。その抗議は正当であり、私も実際高市発言批判も執筆したわけだが、対日圧力の措置の多くは逆効果で、むしろ高市首相を助けているのではないか。戦前の日本の情報統制や改革・開放前の中国の極左体制の下ならいざ知らず、何百万という人が両国間に行きかい、経済のみならず、アニメをはじめサブカルチャーの方面は共有化の一途を辿っている。もはや古びた対日宣伝、対日圧力は日本国民の反発を招くだけでなく、中国の大衆の政府に対する不信感を増している。

 日本のメディアでは報じられていないが、中国のSNS上では、中国当局の一連の措置に対する不満の声も目立っているという。読売社説の中国の「世論戦に後れを取るな」という主張は全く的外れだ。中国は、はなから世論戦に弱いのだ。

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 しかし、高市政権は世論の支持に満足していては困る。このままでは中国の対日圧力が高まるばかりで、日本側の反発と相まって、日中関係は悪化するばかりである。

 また目下研究中の清沢洌の言葉を引用したい。それは満州事変の最中、焦土外交を打ち出し、日本を国際聯盟からの脱退、国際社会からの孤立へと導いた内田外相に対する批判(「内田外相に問う」中央公論1933年3月号)だ。

 「私の貴方に対する不満は、この国民の弱点を是正しないで却って利用していることである。強硬でさえあれば喝采する国民の心理を乱用して、焦土外交をいい、向う見ずの自立外交を主張している点である。そしてそこに何等の目標と、抱負と、政策なくして、ただ猪突して、日本を全く孤立に陥れた」

 「私は国家の前途を、心から憂えるものとして貴方に祈願する。あなたはこの重大岐路に立つ日本を救うために、日本の世論に背を向ける意志はないか。大外交家が日本で人気よかった試しはない。今こそ大外交家といわれる小村外相は、ポーツマスで平和条約を結んだがために、東京の焼打ちと国民的反感の標的となったではないか。私は貴方がせめては小村侯の決意と見識とを持たれることを祈るものなのです。もし貴方にこの決心がなかったら、私は国家のために貴方が辞職されることを要望する」

 まだ高市外交は始まったばかりだ。満州事変の歴史を持ち出すまでもないことだが、大衆の嫌中世論の上に安住し、緊張状態にある東アジア情勢に油を注ぐことのないようにお願いしたい。