論 考

労働運動の失われた30年

筆者 小川秀人(おがわ・ひでと)

 古い資料を漁っていたら、衆議院議員から参議院議員、晩年には評論家となった和田春生(1919~1999)の寄稿文が目に止まった。和田春生は1945年、全日本海員組合に参加。1950年には総評結成準備会に出向し、民主的労働運動の総評結成に奔走するも、総評高野事務局長を軸とする主流派の左傾的傾向・容共化を批判する。海員組合・全繊同盟・全映演・日放労の総評脱退につながる「四単産批判」を取りまとめた中心人物の一人である。

 寄稿文は1992年に、当時の全化同盟の機関紙に寄せたものだ。見出しに〈―労働組合主義の常道を―連合の政党化路線を排して〉とあり、終始批判的な論調で舌鋒鋭く当時の連合型選挙を総括している。同氏の主張は30年が経った今の連合運動を考える上でも有益である。

 長文で、全文を転記できないのが残念だが、タイトルだけを見ても「完敗した連合主導選挙」、「連合型選挙の致命的なミス」、「サンディカリズムの悪しき亜流を排せ」。また、当時の某党中央執行委員会では「連合は労働組合の限度を超え選挙に口出し過ぎる」などと不満が強く出されたとあり、クライマックスは、――労働団体の連合が「連合の会」という架空の政治団体を作り、連合自らが政治の主役ぶって政党を引き回す様な出過ぎた言動――とこき下ろしている。

 1992年前後の日本は、バブル経済の崩壊と、それに伴う景気後退の深刻化という経済的苦境に直面していた。この頃の機関紙をめくってみると、要求そのものは6%~10%の数字が踊っているが結果が伴わない。概ね前年の妥結率を下回っている。賃金の長期低迷は、ここから始まっている。世に言う失われた10年が、20年、30年と続くことになったのは、前例踏襲型行動で、流れを変えられなかったからである。

 政治面では1991年に宮沢喜一内閣が発足。政治改革を巡る与党内の対立が激化し、政界再編へとつながる混乱期であった。政治改革が遅々として進まないことに不満を募らせた小沢一郎らが自民党を離党。1993年には宮沢内閣への内閣不信任決議案が可決され、その後の総選挙を経て自民党は下野。55年体制が崩壊した。そして、日本新党の細川護煕を首班とする連立政権が成立。昨今、多党化の時代に入ったと騒いでいるが、この時すでに多党化しており、一旦非自民・非共産の連立政権が誕生していた。

 この時の連合会長は初代・山岸章。山岸の仲介で、社公民三党や社会民主連合(社民連)は小沢主導の非自民・反共産政権を樹立することに合意した。これが連合の(政治的)成功体験になっているのかも知れない。山岸の派手な動きは、当時、社会的話題を呼んだものの、結果からすれば政局騒動のプレーヤーであって、連合組合員の政治意識が高まったとはいえない。

 労働組合の直接行動をサンディカリズムと意訳する。サンディカリズムの語源は、フランス語で労働組合を意味する「syndicat」に由来する。元来、同国では一般的な労働組合を指すものであったが、転じて戦前の運動家たちは、資本家主導(それに結託した国家主導)ではなく、労働組合の結合による経済運営を理想とし、その手段としてゼネストなどの直接行動を重視していた。和田春生はこの文脈を引用する形で、連合による直接的な政治支配を批判したのであろう。

 歴史に学んでみる。1921年の友愛会機関誌『労働』に掲載された棚橋小虎(1889~1973)論文「労働組合へ還れ」を紹介する。これは争議激発主義(直接行動主義)に生きがいを感じていた当時の労働組合指導者への警告だと言われている。

 (原文のまま)――直接行動の最上の手本は、波蘭(ポーランド)の対露戦争を援助しようとした英国政府に対し、英国労働者階級が行動委員会を作り、若し英国政府にして波蘭を援助するならば、全英国の労働者は一令のもとに総同盟罷業をすると言って威嚇した態度である。英国政府はこの威嚇に震え上がって、波蘭援助を思ひ留まった。日本の労働者よ。直接行動とは斯ういふ事を云うのだ。直接行動という言葉を、玩具の如く玩弄うとして、直接行動の飯事(ままごと)をやって嬉しがって居る連中は、少し眼界を高く大きく必要があらう――。

 果たして、市民としての政治意識は成長しているだろうか。連合結成以降30年、組合員の政治意識は高まっただろうか。組合員の政治意識を高めるということは、組合員の市民としての民主主義の意識を高めることと同義であり、それを日本社会全体に波及させることこそがナショナルセンターの目指すところではなかったのか。

 労組法の字面だけを見れば、労働組合は政治団体ではないし、ましてや政党の下請けでもない。しかし、一企業内労使や産別で解決できない課題が厳然と目の前にあって、尚且つ労働組合の限界も自覚しているからこそ、考え得る手段を総動員して政治活動に取り組むのである。その資源は日々の活動の積み重ねにしか宿らない。選挙の時だけ大号令をかけても、働く者の政治意識も民主主義の意識も高まらない。

 労働組合が、終戦直後のように「米をよこせ」、「食える賃金をよこせ」などのワンイシューで求心力を持てるわけもない。現代社会は一人ひとりが考えていることも違えば、示す興味も、見ている方向も大きく分散している。個人がますます砂粒化、不安定化している。一方で、コミュニティーから切り離された個人が孤独で無力な存在になり、自分自身を保てなくなっている。個人は自分が社会を作っていると認識しているだろうか。

 労働組合の政治活動は幹部のプレゼンテーションも大事ではあるが、それを確固とした中身のあるものにするには、組合員の共感・支持が不可欠である。組合員の政治意識に働きかける活動が選挙だけでは仕方がない。本気で連合の政治分野における活動の見直しが必要であろう。