NO.1641
自民党が評価を落としてもたついているのに、野党第一党の立憲民主党はどこ吹く風、悠揚迫らず懐手しているみたいだ。わが道を行く覇気が見えてこない。野党生活のベテランとして、自民の粗探しでチクリチクリやっておけば票が取れると、悪しき習慣に浸っているのではないか。余計なお世話であろうが、このままでは次の総選挙での大敗は必至だ。
欲しいのは立憲民主党の本気の証だ。安住幹事長は、記者会見で党の性格について「穏健・中道・リベラルの党」と並べるが、いまさら初対面の自己紹介でもあるまい。こんなものは順風満帆の航海中の話だ。今やわが政治がガタガタにされつつある。高市政権の、気負ったエセ改革者の短慮実行は、改革にあらず、積み木崩しを招く。
安全保障環境の悪化を口にしながら、自分がさらに危機を作り出す。安倍氏でさえわざわざ中国を刺激する発言はしなかった。議会における外交課題の発言は国外に向けて話すものである。首相の発言を修正できる閣僚はいない。しかも、本人は取り消さないのだから、ますます関係悪化へ進めてしまう。軽薄のそしりは避けられない。こういうのを意思が固いとは言わない。
おまけに与野党ともに相手の非礼を批判する動きしか報道されない。このような程度の低い外交センスでやっていけるわけがない。外交とは、トランプさえ見ていればよいわけではない。
いかに防衛費を増額して武器購入に励んだとしても、大国との間で万万が一戦端を開いてしまえば、わが国が軍事力で相手を凌駕することは不可能である。だから軍事戦略に傾注するのではなく、関係悪化をいかにして防ぐか、国際関係を円滑に進めることこそ平和戦略の王道である。高市氏がこのような常識を弁えているとは思いにくい。
アメリカといかにべったり関係を作っても、アメリカが、わが国が期待するような安全保障をするわけはない。アメリカの戦略上の必要から日米同盟が存在するのである。日本にアメリカ軍の枢要な基地があり、アメリカの外交政策に伴って日本は危険の渦中に放り込まれる。一挙に現態勢を変えられないとしても、自分からわざわざ火中の栗を拾う必要はない。
かつて米軍番犬論を口にする自民党の大物がいた。感心できる表現ではないが、少なくとも独立国の気概を持っていたことがわかる。目下わが国が文字通り独立国かどうか。わたしは、独立国だと言い切る自信がない。このように考える人は与野党問わず多くはないのだろうか。防衛問題の土台は第一に確固たる独立国か否か。それがあやふやで防衛を論じてもナンセンスだ。
時代錯誤甚だしい保守右翼が自民党の一部である。従来自民党の保守本流は吉田茂内閣以来の軽武装経済重視主義といわれてきたが、その根源は日本国憲法の民主主義と平和主義にある。米ソ対立が激しくなり東西冷戦に至って、日本は極東の要石としてアメリカの基地扱いされてしまったが、今も戦後日本の原点が民主主義と平和主義であることは不変である。
そもそも自民党の日本国憲法改正論は、アメリカの占領下であったことに対する反発であり、自主独立の気概だったはずだ。戦前国家主義への憧憬ではない。ところが、高度経済成長から経済大国といわれるに及んで、保守右翼の連中は戦前の夢を見始めた。浮ついたのである。日本の力は経済にこそあった。しかし、1980年以降どんどん経済力は下降している。
自民党歴代政権は選挙対策ばかりが頭にあり、じっくり腰を据えて経済戦略に取り組んでこなかった。目先の株価上昇だけを目論んだ政策ばかりである。アベノミクスという軽薄の見本のような経済政策がますます経済力を貶めた。防衛費を大盤振る舞いする余裕はない。防衛費をいくら増やしても防衛力は強くならない。国民生活がガタガタぐらぐらだからである。
立憲民主党が政権を獲得するつもりなのであれば、今日のような日本を作り出した自民党に対して、毅然としてアンチテーゼを掲げねばならない。「穏健・中道・リベラル」のごときアクセントがあいまいな姿勢では、わが国政治にインパクトを与えられない。今、わが国は戦後の焼跡に立っている。それをしっかり見なければならない。立憲民主党が、「民主主義・平和主義」の旗手となれるかどうか。それに向かって本気を出せ。
