論 考

高市政権の取るべき対中政策とは

筆者 高井潔司(たかい・きよし)

 日中関係がまたギクシャクし始めた。高市首相が国会答弁で、台湾有事は日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」になり得ると述べたことが、その発端である。

 これに対し中国側は猛反発し、中国外務省は「台湾問題は触れてはならないレッドラインだ。これ以上誤った道を進めば、一切の責任は日本側が負うことなる」と警告し、国防省は「日本が台湾海峡情勢に武力介入すれば、必ず軍の鉄の壁にぶつかり血を流し、痛ましい代償を払うことになる」と報道官談話を発表し、強硬な姿勢をあらわにした。

 首相就任直後のあわただしい外交日程は、日米、日中、日韓首脳会談など官僚のシナリオ通りに動いて無難にこなした高市氏だが、一段落して独自色を出した途端、物議を醸す事態を招いた。その後の国会論議や記者会見でも首相や外相は「従来の政府見解から変わったものではない」と発言の撤回を拒否している。それどころか、朝日新聞の報道によると、自民党内では、高市発言を受けて、「汚い首は斬ってやるしかない」とSNSに投稿した中国の大阪総領事の国外退去を求める声が高まっているという。

 中国側の強硬な発言は困ったもので、これに抗議するのは当然だが、そもそもの発端となった高市発言は「従来の立場に変わりはない」と言えるのか。わが身を振り返ることも必要だろう。歴代内閣は、台湾有事が「存立危機事態」に当たるかどうかは、国会答弁において、台湾有事といった「仮定の問題には答えを控える」と、明言を避け、あいまいにしてきた。もちろん防衛当局は当然そうした事態に備えているだろうが、外交戦略や防衛戦略の観点から言ってもあいまいにしておくことが肝要として対応してきた。それを明言したことは明らかな立場の変更であろう。

 この騒ぎの折り、11月14日付読売新聞は「米中会談『台湾』触れぬ公式発表」との見出しを掲げ、米中関係においても「台湾問題」は微妙な存在であるとの解説をページ半分使って掲載した。

 解説では、「過去の米中首脳会談では中国側が台湾問題の取り扱いなどについてクギを刺し、反論する米側と激しい応酬になることが多かった」にもかかわらず、10月30日に韓国で行った米中首脳会談では会談後の公式発表では、双方とも台湾問題に触れず、議題にものぼらなかった背景を、詳しく解説している。解説は「来年四月にも見込まれるトランプ氏訪中を前にした神経戦の結果だったようだ」と結論付けている。それほどアメリカにとっても微妙な問題を、いとも簡単に首相の持論をぶちまけるとは、外交的に大きなミスと言わざるを得ない。言葉上の応酬で済むならいいが、中国政府は早くも自国民に対し、日本への渡航を自粛するよう求めた。どちらが危険かといえば、中国へ行く方が危険だろうから、日本側も何らかの反応をせざるを得なくなる。となれば事態はますます悪化をたどることになろう。

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 日中関係において、最近、日本側には中国側の注文に対し、頭を下げないという風潮がある。今回のような中国側の強硬な姿勢に対し、与党だけでなく野党さえも反発の声を上げ、高市氏のミスを批判しようとしない。

 そもそも日本は台湾問題について、1972年の日中共同声明で、「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部ある」との中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重する」と表明し、歴代内閣はその立場を重ねて確認している。国交もない台湾の有事に関して、日本が介入する法的根拠はどこにあるのか。高市発言は明らかな約束違反である。

 といっても台湾問題は、戦後の大陸と台湾が「一つの中国」を争う時代から、独立を標榜する政権が台湾に誕生し、また中国は武力統一を可能にできるだけの軍事力を備えつつあり、極めて緊張した状態となっている。だから挑発的な発言によって、不用意な衝突を避けるために、歴代内閣はあいまいな台湾政策をとってきたのだ。

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 目下、私が研究テーマにしている戦前の外交評論家、清沢洌の満州事変時の外交批判を紹介しよう。日本は事変後、満洲国を国家承認、国連脱退に追い込まれた。しかし、時の内田康哉外相は「国を焦土にしても満洲国の権益を譲らない」と答弁した。

 これに対し清沢は「焦土となっても国を守るのは軍人の領分であって、あなたとしては身を賭しても、さうした事態を持ち来たらしめないことを、その職能とせねばならぬ」と、言論の不自由な時代であったが、中央公論誌上で、真っ向から批判した。

 外交とは交渉であり、その都度妥協によって対立を解消していく。それが最初から背水の陣を敷いて一切の譲歩、妥協を排してしまったら外交にならない。

 一連の問題において、茂木外相の存在感はゼロだ。二度目の外相起用だが、高市発言をなぞっているだけ。総裁で惨敗するわけだ。それはともかく、高市首相が語るべきは、台湾有事を避けるために、何をするか、ということではないのか。