筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)
石破氏の自民党総裁辞任は、想定内ではあるが、改めて安倍の悪しき遺産の罪深さを感ずることにもになった。
わたしは、石破氏が戦後80年の談話を発表するかどうかを注目していた。それは単に、石破氏の実績の問題ではない。今後の日本人が来し方を顧みて将来の糧にする機会を失ったのである。
石破氏は、戦後70年の安倍談話に問題意識を抱えていたはずである。将来の人々にまで戦争のお詫びをさせたくないというが、それは、たとえば西ドイツがおこなったように、自分たちがなした戦争の罪悪を内外に毅然として表明してこそ実現する。外国からたびたび侵略戦争を蒸し返して批判されている状態を放置したままでは単に内向きの発言でしかない。
もっとも明快に反省の弁を述べたのは戦後50年の社会党・村山談話であった。石破氏は戦後一貫して日本政治を担ってきた自民党総裁として、きちんと発言したかったであろう。とくに、安倍談話の粗末さを挽回したい思いがあったと推測する。
石破氏が1年に満たない任期で総裁・総理を降りねばならないのは、慚愧にたえないに違いない。直近3度の選挙で敗退したが、その事情を作ったのは、どうみても安倍政権の8年間である。
安倍政権がとくに暴走に拍車をかけたのは、かの森友問題であった。いま、ようやく財務省文書が開示されて、一つひとつ具体的に暴かれようとする。地味だが、文書開示に石破氏がバックアップしたことは報じられている。
しかし、安倍政権以後、自民党が築き上げた! 国民からの不信の土塁は、一朝一夕には崩せない。回り合わせもあり、石破氏の在任中に3つの選挙が重なって、石破氏にすれば心ならずも安倍政権のツケを回された。
辞任せざるを得なかったが、石破残留への人々の声が高まったのは、本人にとって見えざる勲章だと言えよう。
