論 考

政党も組合も、アイデンティティ危機

筆者 奥井禮喜〈おくい・れいき〉

 自民党が参議院議員選挙後の責任問題騒動をずるずるべったり続けているのが、立憲民主党にも伝染したようで、こちらもシマリなくもたついている。

 自民党は、石破氏に辞任を迫る動きがあるが、脛に傷持つ連中が党内外の批判をうけて一瀉千里とはいかない。こちら、立憲民主党は、何を掲げて騒動するべきか固まらないままにくすぶっている。

 蚊帳の外から言わしてもらえば、両者ともに、看板を置き換えて済むような次元の問題ではない。つまり、現執行部を批判する諸君も決め球を欠いているから、ざわつくだけで、とても世間の共感を獲得できる事態ではない。関係者のみなさんは、おのおの裂ぱくの気合でことに当たっているのかもしれないが、出口のない迷路で右往左往しているようにしか見えない。

 さて、立憲民主党は、政党名を民主党に戻そうという声が出た。理由の一つが、参議院選挙比例区で略称が、立憲民主党も国民民主党も同じで、だいぶ損しているという言い分らしい。損しているか、得しているか。それはともかくとして、たしかに政党名は大事である。ただし目下直面している課題が、そんな次元にあると思っているのであれば、いやはやなんともわびしい限りだ。

 昔話になるが、1980年代はじめ、いずれの労働組合も組合員の組合離れに直面して頭を抱えていた。ところが、大幹部は労働戦線統一に執心であった。労働戦線統一して、労働組合が政治に対して政策要求するようになれば、組合員は諸手を挙げて組合運動に馳せ参ずる、というのが方々の信念だった。

 わたしは、組合が政策要求すれば組合運動に熱が入るというような問題ではないと主張した。組合員の組合離れは、組合員が組合の存在理由を感じなくなったからである。1955年以来、多少のモデルチェンジはあっても毎年春闘を繰り返してきた。飢餓賃金モデル自体が通用しなくなっているのである。まして、政治意識などは決定的に薄弱で、労働戦線統一に関心を持っている組合員はきわめて少ない。それどころか、組合執行部でも決定的少数派である。これを大幹部に話しても残念ながら聞く耳を持たなかった。

 組合員意識の変化は大きかった。1970年代後半になると、執行部が職場を歩いていても組合員が声をかけない。職場集会が次第に開かれなくなった。それまでは、執行部に出会うと組合員は、必ず一言二言の意見(不満・文句)をぶつけてきた。次第に物言わなくなった。

 1982年以降、私は組合運動の応援家として、たくさんの組合で講演・研修活動をして回った。必ず話していたのは、組合員が執行部に文句を言うのは最大の組合力である。信頼しているから意見をぶつけてくるのだ。執行部は、事務所にいてはダメだ。徹底して職場を回ってほしいと主張した。ところが、多くの執行部は、文句を言われるのが嫌だ。職場へ出たくないという人も少なくなかった。これで、組合員が組合離れを起こさないわけがない。執行部が組合員離れを起こしていて、組合運動が盛んになるわけがない。

 1980年代には、かなりの組合がユニオン・アイデンティティ運動(UI)に着手した。狙いの本丸は、組合員の組合離れをいかに克服するかにあった。わたしは、UIの普及のために走り回った。

 まさにUIは、組合の存在理由を再構築するのである。1970年代半ばくらいまでは、組合活動において組合員参加の学習会が盛んであった。執行部は組合員講座の講師をすることも多いから、とにかく勉強する。賃金は当然だが、それだけではない。職場に労働法を定着させねばならない。さらにいえば、明るい職場を作るのは組合員自身である。組合員の働く人としての成長が明るい職場をつくる。

 組合活動は春闘をこなせば形はつく。と思っている執行部が多い。それではダメだ。組合は、大きくいえば働く人が喜びと充実感をもって働けるように、まさに労働の尊厳をめざしてはじまった社会的運動である。労働の尊厳とは、実は働く人の尊厳である。働く人の尊厳とは、民主主義の深化である。

 しかし、残念無念ながら、本当のUIに挑戦した組合をわたしは知らない。ほとんどは、組合旗の色を変えたり、組合歌をポップス調に変えたり、組合名を横文字風に変えたりなど、およそ存在理由と無縁の小細工ばかりに終始した。

その挙句、1990年代にバブルが崩壊して、性根が座っていない組合は、実質的に社員組合化した。いまの組合は、その流れで漂っている。

 自分の体験から、焦点ボケしたUIの取り組みについて語ってきた。いま、自民党や立憲民主党がぶつかっている状況は、まさしく、組合員の組合離れと通ずる、有権者の政党離れ現象である。まさか、政党名を変えたくらいで政党離れが解消すると考える政党人はいないだろう。しかし、本当にいないだろうか。

 立憲民主党には、勉強集団なる派閥的グループがあると聞く。いわく、サンクチュアリ、新政権研究会、一清会、直諌の会、花斉会、ブリッジの会、国のかたち、小勝会など。どうせ集まるならば、人間関係を深める会合よりも、パーティ・アイデンティティに全党挙げて取り組んだらどうだろうか。失礼ながら、小手先の勉強会など無用である。