週刊RO通信

知恵と才能の誤噴射

NO.1630

 高知県立美術館(安田篤生館長)が、9月13日から特別企画の「贋作について考える展覧会」を開催するという記事に興味が沸いた。県が以前、名古屋の画商から1800万円で購入した、ハインリヒ・ガンペンドンクの絵画『少女と白鳥』が贋作だとわかった。1995年クリスティーズのオークションで競売されたものである。

 学芸員はたいていのものは、真贋がわかるそうだ。しかし、まれに判断がつきかねるものがある。贋作を掴んだのは悔しいが、この際、本物と贋物について広く考える機会を持とうという。めげているのが能ではない。

 贋作者は、ウォルフガング・ベルトラッキ(1951 独)で、天才贋作師と呼ばれる。彼は、夫婦共同で30年以上にわたって、約50人の芸術家の贋作を数百点作った。利益は1億ドル以上稼いだといわれる。なるほど斯界の大家、天才贋作師、伝説の贋作師というわけだ。

 ことが露見したのは、偽造する絵画の絵具に使用する亜鉛を切らしたので、代用品としてオランダのメーカーから購入した亜鉛顔料が決め手となった。その贋作は、カンペンドンクの『Red Picture with Horses』(馬のいる赤い絵)である。顔料にチタンが含まれていた。カンペンドンクの作品が描かれたのは1914年で、チタンが登場したのは1920年代であった。鵜の目鷹の目で真贋を判定する鑑定士に、ついに屈した。

 ベルトラッキ夫妻は、2010年に逮捕され、彼は懲役6年、妻は同4年の刑に服した。2015年に釈放された。ベルリン警察は、捜査終了後もベルトラッキの贋作リストを更新中で、2024年時点で89点に及ぶ。出所後は自分自身の名前で作品を発表して、数百万ドルは稼いでいるそうだ。

 ベルトラッキの偽造キャリアは60年以上に及ぶ。父親は絵画の修復師だったそうで、壁画を修復する手伝いをして、技術を習得したという。14歳のときピカソを模写したのが出発点だそうだ。

 被害者は、収集家、画廊、美術館、サザビーズやクリスティーズなどのオークション会社である。鑑定師だらけの業界で30年以上にわたって贋作し続けたのだから、素人が考えても並大抵の力量ではない。

 模写技術だけではない。画家と作品についての綿密な調査、時代考証、徹底した細部までこだわった。画家たちの手紙・日記なども研究した。それらの調査研究を夫妻は文化的旅行と呼んで楽しんだ。亡くなった画家50人の画風、技術を習得し、そのために猛練習を積み重ねたという。

 ベルトラッキの発言を拾ってみた。「既存の有名な絵画を模写するのではなく、画家の作風をまねて、新たな作品を作り出した。未発見、文献で知られていたが失われた作品を生み出した」。「贋作は創造的な芸術形態だ。それによって他者を欺くのはゲームみたいなものだ」。「自分が美しいと思う絵だけを描いた。所有者も楽しんだはずだ」。

 たしかに、「まなび」は「まねび」だともいう。模倣は、自分で作り出すのではなく、すでにあるものを真似しながら他者と類似の、あるいは同一の行動をすることである。人は先人の足跡から学んで、やがて自分で創造するようになる。学びから創造へ至るのが人間の成長というものだろう。

 そのように考えると、ベルトラッキがいうように、贋作師という名前を提供するだけでは物足りない大事な側面がある。画家たちの調査研究は立派なものだし、画家の画風・技術を習得するために猛練習したというのは、簡単にできることではない。実に大事な学びの態度であることは疑いがない。

 彼はこうもいう。「美術界全体が詐欺だった。貪欲で、利益を得る。(自分の贋作が)売れることによって、みんなハッピーだった」。そして彼は、「儲けることに強い関心があったのではない」ともいうのだが、仮にそうであったにしても、彼ら夫婦の楽しい文化的旅行を包含した全生活が詐欺行為によって維持されたという事実は否定できない。

 まことに知恵と才能にあふれたベルトラッキなのだが、もし、それが贋作ではなく、たとえば傷ついた貴重な絵画の修復や、過去に埋もれた画家たちの歴史の発掘で貢献したならば、揶揄と軽蔑のこもった天才贋作師などと呼ばれることはなかっただろう。知恵と才能の誤噴射にため息が出る。