論 考

語り継ぐべし戦争の反省

筆者 高井潔司(たかい・きよし) 

 戦後80年をめぐる数多くのニュースやドキュメンタリー番組の中で、私にとって最も心に響いたのは、「戦争の記憶が社会全体で薄れてきており、戦争はいわゆる『同時代』の枠の中から、『歴史』へと移り、戦争というものを皮膚感覚で知る社会ではなくなった」という現代史家、保阪正康氏の言葉だった。これは、NHKが行った世論調査で、「先の戦争を体験した人が1割を下回った」という点に対するコメントである。

 だからこそ戦争は歴史としてしっかり語り継がれていかなければならない。新聞やテレビが悲惨な戦争の歴史を振り返る連載や特集番組を流す中、今年も多くの保守系国会議員や閣僚が靖国神社を参拝し、アジアの周辺国と物議を醸した。参拝した議員は口をそろえたように「国策のために殉じられた多くの方々に、心から哀悼の誠を捧げた」という。

 その心情は良しとして、その国策とやらはいかなるものだったのか。当時の日本の置かれた国際情勢を無視し、無謀な戦争に国民を駆り立て、アジアの人々に多大な犠牲を強いただけでなく、日本自身を焦土と化してしまったのではないか。その反省を抜きにして、無謀な戦争の犠牲となった人々に、哀悼の誠を捧げることになるのか。

 石破茂首相は、政府主催の全国戦没者追悼式で、「あの戦争の反省と教訓を、今改めて深く胸に刻まなくてはなりません」と述べた。朝日新聞によると、「反省」という言葉は2013年の安倍晋三首相(当時)の式辞で使われなくなり、13年ぶりに復活したという。

 これに対し、党内の保守派からは反発の声が出ているという。読売新聞によると、小林鷹之・元経済安全保障相は、石破発言が今後の謝罪外交の復活につながるのではないかと警戒し、「これ以上、次の世代に対して謝罪をし続ける宿命を負わせるべきではない」と、クギを刺したという。

 「謝罪」と「反省」とは全く異なる。謝罪は相手があって、おわびするということ、反省は自らの行為を振り返り、今後の戒めとすることだろう。その反省の念がないから、相手は謝罪を求めてくるのだ。反省を拒否する人々は、あの戦争はアジアの解放を目指す正義の戦いだったとか、アメリカに強いられた戦争であったとか、誤解しているのではなかろうか。しっかり歴史に学ばないと、こうした声が復活しかねないのが、昨今の世相である。

 少々、自己PRになって恐縮だが、私は目下、集広舎:アジアの今を伝えるWebマガジンhttps://shukousha.com/で、『清沢洌と中国』という連載を続けている。清沢はアメリカ移民体験を持つ異色の外交評論家で、大正末期から終戦の年まで、軍国主義とそれに媚びるマスコミを痛烈に批判し、とくに戦時下、痛烈な軍国主義日本批判を綴った『暗黒日記』で知られる。同書は戦後いくつかの出版社から刊行されたが、いまでは知る人ぞ知るの存在になっている。清沢は敗戦直前、肺炎で急死するが、日記には敗戦後の軍国主義批判に備え、当時の新聞記事など添付されていて、貴重な資料集にもなっている。

 私がこの人を取り上げるのも、歴史を語り継ぐという思いからだ。私自身戦争体験者ではないが、戦後のベビーブーマーの一人として、父親ら体験者の話も聞いてきたし、まだ反省期にあった日本の教育を受けてきた。私にも次の世代に、歴史を語り継ぐ責任がある。歴史的事実をないがしろにして、無謀な侵略戦争を美化する風潮の兆しも見える昨今、清沢の残した著作や日記の意義を伝えることもその責任を果たすことにつながるというものだ。清沢の著述は、当時の軍国主義者、国家主義者たちが、何とも愚かな発想で戦争の道を選択していったのかを明らかにしてくれる。

 サイパン陥落から東条内閣に崩壊に至る昭和19年7月18日から20日の日記の一部を紹介する。

 ――今日、我らには必ずしもニュズではないところのサイパンを敵に略取されたる旨の発表、大本営よりあり。陸海軍部隊は全滅、在留邦人も軍隊と運命を共にせりと認めらるという。この場合「玉砕」という「文字は使わなかった。東条首相は談に陛下に対し奉り恐懼にたえずという言句あり。東条がこうした文字を使ったのは最初のことである。今まではアッツの時さえ「戦史に稀なる絶妙の転進」といった意味のことをいったのである。太平洋諸島に何十万、支那に百万近くの軍隊あらん。この人々の運命こそ気遣わし。支那における我軍は、最早後方を断たれて、帰国するに能わず。またその上に武器弾薬も尽くる日あらん。予は大東亜戦争勃発の時、既に重大関心を在支軍隊に有したのであった。日本における「革命」は最早必至だ。それに先行する暴動が我らの胆を寒くする。仮に「革命」があっても、それは多分に破壊的、反動的なもので、それによって、この国がよくなる見込みなし。これだけペンデラム(振り子)が右翼に振って極端になれば、その反動も自然に大ならん。(岩波文庫版)――

 戦況が敗北必至の状況になっても、強硬な若手将校らのクーデタを恐れ、前にも後ろにも進めない東条内閣。この日、ついに辞職となる。19日の日記にはこうある。

 ――サイパンの全日本人が玉砕したのは、今後の問題を提供する。そうした死に方は犬死にならないのか。日本のためであるのかーー無論、現在の軍指導の下にあって、それ以外の道に、出づるのは困難だが、最後は死ぬために戦ったようなものだ。――

 恐らく、このような清沢の記述を読んでも、今の保守系と称する政治家には何の反省も生まれないだろう。東条英機同様、彼らも国民を将棋の駒の一つくらいにしか思っていないのだから。