論 考

戦後80年首相談話が出るか?

筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)

 石破首相が戦後80年の談話を出すかどうか。理屈でいえば、自民党内の右翼連中が反対しているだけに、出すことに意義がある。

 いままでもっとも充実していたのは、戦後50年(1995年)の村山富市首相の談話である。社会・自民・さきがけの連立政権であった。村山は、もともと首相になる気は全然なく、むりやり担がれた感がある。社会党は内部ガタガタで村山を全党挙げて支えるような気概がなかった。

 村山は1994年7月の所信表明演説で、「戦後50周年を目前に控え、私はわが国の侵略行為や植民地支配などが、この地域の多くの人々に耐えがたい苦しみと悲しみをもたらしたことへの認識を新たにし、深い反省の上に立って不戦の決意のもと、世界平和の創造に力を尽くしてまいります」と語った。

 1995年には、戦後50年の国会決議もおこなったが、全会一致には遠く及ばず、欠席(250人)、反対もあり、過半数にも満たない賛成230人であった。(衆議院本会議1995年6月9日)参議院は何もしなかった。

 期するところあった村山は、不退転の決意を秘めて1995年8月15日に、首相談話を発したのである。

 ポイントは、――わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。――

 ――敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。――

 この談話は、周囲の国々からも高い評価を得た。もうひとつ、当時の政界は群雄割拠の感があった。政治家諸氏が、頭を冷やして初心に帰る意義のある内容とも言えた。

 村山は戦争を知る世代である。いまの政界では戦争を知る世代はいない。好き放題に的外れの歴史観をぶら下げている連中も少なくない。実際、安倍の戦後70年談話なるものは、シマリがなく、村山談話と比較するまでもなく、まるで出来の悪い夏休みの宿題みたいなものであった。

 以下に、村山談話を転載する。

              〇

              村山内閣総理大臣談話

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)平成7年8月15日

 先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。

 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。

 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。

 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。

 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。