NO.1626
参議院選挙では、物価高対策が焦眉の課題として盛んに語られたが、与党の現金配布はひんしゅくを買い、総スカンを食らった。では、野党の消費税減税にひたすら邁進すればよいかというと、国の財政がさらにひっ迫する。打ち出の小槌がない。与野党ともに場当たり的政策にみえる。
自民党は8月8日に両院議員総会を開催する。いまのところ、石破退陣をめぐる形勢は混とんとして、前へ進むのでなく、事態をさらに深刻にしているようである。時の氏神もいない。船頭多くして船山に上るのではない。泥船の上で右往左往しているというべし。
一方の野党は意気上がるだろうか? 上面はともかく、政権政党たろうという志を抱いているならば、選挙結果が自力によって獲得できたものかどうか。今回に限らず、与党の敵失によって左右されている。わが党の実力が、自負をもって語れるかおおいに疑問だ。
国民生活の緊急の手当というが、物価対策の本質ではない。安倍政治のざっと10年近く、景気を向上させるといって、財政規律を無視し国債を大量に発行し続けた。いま、発行済み国債残高は1100兆円である。わが国のGDPの2倍に積みあがった。政府予算110兆円を支えるために国債を30兆円投入しなければならない。
政権維持するにはまず経済。景気が悪いと政権は続かない。なにがなんでも景気対策といえば耳障りは悪くないが、安倍内閣がやったことは、株高と円安狙いであった。日銀・黒田がその片棒を担いで、日銀本来の任務を放棄し、財政規律を破壊し続けた。国債格付けが引き下げられるリスクは大きい。
資源・エネルギーのないわが国が、加工輸出を基盤として、それらを購入するしかない。しかし、やればやれる、いや、やらねばならぬ再生可能エネルギーへ全力投入をしない。これなど国民生活維持向上の手抜きだ。
ともあれ、選挙で物価対策が最大の論争点というなら、まず、何が物価高の原因かというところから出発するのが当然だ。国会で行う政治は法律を定めるのではあるが、HowばかりでWhyやWhatが論じられないのでは、「国会が国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関」(憲法第41条)の名にふさわしくない。
自民党は国民政党を名乗っているが、実は財界と一蓮托生の政党である。団体献金はその実利的象徴である。いまは社会保障制度が巨大複雑になったが、野党や開明的な人々・団体(労働組合など)がせっせと要求し続けて、社会保障制度を充実させてきた。1980年代まで、経済はおおむね順風満帆で、社会保障制度を支えてきた。
しかし、1990年代からは経済活動が思わしくなく、いわば長期停滞を克服できない。欧米に追い付き追い越せを達成したのは上等だが、ペースメーカーがいなくなって自力走行する段階でもたついたままである。財界も昔と比較すれば自信喪失の状態である。自民・財界持ちつ持たれつ関係だけでは経済を立て直すことはできない。
企業の内部留保600兆円というが、その実、然るべく投資ができていないからだ。政府・財界が一緒になって賃上げを声高に唱えている。それも、投資できず経済が停滞しているから、賃上げで消費需要の喚起を図りたいという、経済無策の証明みたいなものだ。
経営者が企業に留まられるのは、企業の成長を実現している過程においてである。これが資本主義の資本主義たるゆえんだが、日本の経営者は官僚組織における勤め人の成れの果てと揶揄される始末である。自民・財界のタッグマッチよろしき時代は終わった。日本経済の停滞が人々の生活の隅々まで影響を与え、政治の混沌状態を生んだといえよう。
日本の政党は議員政党(共産党は別)で、政党活動らしいものといえば選挙戦にとどめを刺す。議員は、どうしても自分が当選するために「常在戦場」意識に支配されやすい。国民国家の在り方を日々研鑽に努めるのは理屈だが、現実は政策を高める力が弱い。ために、選挙で一発勝負のようなパフォーマンス競争になる。すべての国政政党が、党活動を根底から見直して新たに挑戦してもらいたい。
