論 考

相対元気の参政党

筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)

 哲学者ショーペンハウエル(1788~1862)は、その厭世的、皮肉屋風が日本人と馬が合うのか、明治後半から大正時代の学生にはとくに人気があった。丹波篠山のデカンショ節は、デカルト、カント、ショーペンハウエルを縮めたものだといわれる。

 彼は裕福な大商人の子供として生まれ、生涯裕福に暮らしたが、なかなかその哲学が認められず、皮肉にますます磨きがかかったかもしれない。その皮肉な表現には、どこかとぼけた味わいがある。(と、わたしは思う)

 たとえば「読書について」では、本は他人の古着だから読むなと切り込む。その心は、自分の頭で考えることが大事であって、読書はその手助けをさせよというにある。

 ここで紹介したいのは哲学者の、「大きな悩みにあって、何より力強い慰めは、自分よりもっと不幸な人を見ることによって得られる」という言葉だ。哲学者の古着をリフォームすれば、「他人の不幸はわたしの幸せ」ということになる。

 哲学者にしては、いやはや品のない言葉だが、人間のみにくい弱さをズバリ指摘している。

 元気な人生を作るための提案をしてきたわたしは、哲学者の古着を読む以前から、これを相対元気と表現してきた。そして、相対元気思考から飛び出して、絶対元気思考を身に着けようというのが、わたしの元気論の柱である。

 絶対元気とは、相対元気の反対である。単純にいえば、「友の喜びにわれは舞う」「気の毒な人を見れば共感と同情の涙を流す」のである。実際、他人の不幸をみて自分を慰めるなどは決して美しくない。

 ところが、現実世界においては、相対元気が至る所で幅を利かせている。わたしたちは、時々刻々、人間らしさから堕落するように刺激を与えられている。

 参政党が躍進した中身をみれば、人々の相対元気に鋭意働きかけたことがよくわかる。外国人が日本人より手厚く処遇されているというのは神谷の嘘っぱちだということがまったくわからない人はいない。しかし、なんでもいい、マイノリティを罵って八つ当たり的快哉を偸んでいるわけだ。

 外国人に限らない、士農工商時代のエタ・ヒニン(あえて表現する)がどんな差別をされてきたか。近代化してからも、差別意識が解消することはない。いつでも、何かを差別の対象として、いじきたない八つ当たりや安逸をむさぼってきた。

 相対元気がはびこる社会は、不幸な人が多い。不幸を正面から見詰めて解決していこうという、まことに当然至極の理屈がいつも片隅に追いやられている。戦後日本で相対元気が目立つようになったのは、1990年代からである。政治も経済もうまく回らない。正規社員に対する非正規社員の増加は相対元気増産の仕組みの最たるものである。

 非正規社員が気の毒じゃないかというと、自分はそうならないように努力したから正規社員なのであると、体裁よく個人の努力や、自己責任論で逃げる。実は、自分が正社員でいられるのも、確信的に獲得したのではない。まことに薄氷を踏むような心地である。弱いのである。自分が弱いから、さらに弱い人々を足蹴にして安逸を偸む。

 このようなおつむの構造だから、日本がかつての経済大国の道へ戻るなんてことは望むべくもない。参政党の躍進は、日本の凋落が来るところまで来ていることの証明である。次の選挙では流れが逆転するようにしたい。