筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)
思想信条の自由を尊重する。見解の違いは話し合うに限る。わたしはつねづねそのように考えてきた。だから、必要があれば批判もする。今回の選挙、玉石混交といいたいが、石ころが多すぎる。
とくに、参議院は「良識の府」とされてきた。いずれかの政党から出馬せざるをえないのは仕方がないが、参議院議員たろうとする政治家は、時によっては所属する党に反論も辞さないという矜持をもってもらいたい。選挙公報を見て、しかるべく骨のある内容が見当たらない。
目下の参議院議員選挙において、いかにも物足りず、中には良識の府にふさわしくない傾向がみられるので、一言書きたい。
「太平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず」という狂歌が読まれたのは有名である。上等な緑茶・喜撰と汽船(黒船)4隻を重ねたものだ。ペリーが黒船を率いてやってきたのは1853年であった。
今選挙では、保守の票の取り合いで、とくに新参党が「多文化共生」という良識を足蹴にするかのような排外主義的言論をおこなっているが、これでは黒船到来時代に不適応をきたす鎖国思想の人々と重なってくる。
長い鎖国時代にあったが、開明的な人々はいささか乱暴にドアを叩いた客人を畏れるだけではなく、知ろうとして目を凝らしていた。
やがて、明治維新においては、海外へおおいに飛躍せよ、世界に羽ばたく日本人たれという言論が野心的な若者たちに広く受け入れられた。日清、日露戦争で調子に乗りすぎて、満州事変以後の大失敗を体験することになったのは非常に残念だった。
しかし、資源なく、土地狭隘、潤沢なのは人口だけという日本人が、人と社会を豊かにするには人間こそが勝負だと気づいたのは大事なことであった。あの15年戦争の愚の骨頂は、資源や土地がなければ、あるところから取ればよいという単細胞的にして品位に劣る考え方を押し出したことである。
きわめて高価な代償を伴ったが、1945年無条件降伏した後は、初心に戻って、世界に羽ばたく日本人をめざして活動してきた。民主主義制度は、まともだったアメリカの強力な支援を得て、それなりに定着させたのであるが、日本人が精神的鎖国の遅れを克服して、国内には平和と民主主義、世界においては国連中心主義で、人も経済もおおいに国際的交流を高めるべく歩んできた。
日本人が世界に羽ばたくことは、世界各国の人々もまたおおいに来日して、交流の実を上げる。まさに、日本で暮らしたいという人が増えることこそが、日本の人々が世界的発展を実現していくことである。
今回の参議院議員候補者をみると、30代、40代の「若さ」でありながら、精神的に鎖国主義を振り回す人が少なくないのは、まことに遺憾千万、残念至極である。かれらがいかなる思索生活を過ごしてきたのかは知らないが、あたかも外国人をスケープゴートにするような言論を掲げているのは許容しがたい。
このような言論の人が政界に増えることは、日本の知的精神的堕落を拡大することと同じであり、日本の退潮化に拍車をかけるものだ。
政治家に倫理道徳を期待するのは無理ではない。道理である。いかに言葉が巧でも、「人間の尊厳」という言葉の意味が理解できていないような連中は、可及的速やかに退出願おう。日本人の価値を貶めるような言論を振りまく連中をわざわざ選挙で選ぶ必要はない。
