NO.1614
日本の国会は二院制である。衆議院と参議院がある。両院は独立した存在である。両院が別々に議決した意思が一致したとき、それを議会の意思とする。国会審議を、慎重に、より精緻に意思決定するのが二院制の狙いである。
参議院は、権限は衆議院に劣るが、解散がない。衆議院が解散中に緊急の必要が生じたとき、国会の権能を代行する。
参議院は良識の府といわれる。参議院は衆議院のスタンプだと揶揄されることもあるが、衆議院の意思決定が妥当だとするケースばかりではない。現実に、多数党が数で押し切るとか、人々が納得できない議論が少なくない。
良識の府の意義は、衆議院に対してチェック機能を果たすにある。衆議院の決議について、妥当かどうか、照合し、確認する機能である。行き過ぎを抑制し、場合によっては阻止することもある。過不足を補い、誤りを正す。
そこで参議院議員は、政党所属でないほうがよいという意見もある。しかし、政党に属さないからといって、その人の思想傾向が無色透明になることはない。むしろ党派性よりも、その人の人格識見が超党派的に認められるものであってほしい。難しい課題ではあるが、それが本来のあり方だ。
参議院議員西田昌司(自民党)の沖縄での講演が批判されている。5月9日の釈明会見では、一応謝罪したが、「自分の言っていることは事実だ。(謝罪は発言が)事実かどうかということではなく、県民の感情をわかっていなかったことだ」と発言した。この事実というのは沖縄戦の事実ではなく、西田が持論の歴史認識、憲法論を意味すると思われる。
彼の持論は、主権在民の批判である。憲法とは、国体の表明であると言う。つまり、日本国憲法に反対であるから、民主主義に反対である。大日本帝国憲法の支持者である。沖縄で講演したから、つい口が滑って言わないほうがよいこと(地元サービス?)を言ってしまった、というのが本音だろう。
ほんの少しだけ沖縄戦のことを書く。沖縄戦は決定的に悲惨であった。
アメリカ軍はフィリピンを奪還し、日本軍を全滅させて硫黄島を攻略した。続いて1945年3月26日、艦船1500隻、兵士183000人で、4月1日には、沖縄本島北谷・読谷へ上陸した。
日本軍は、兵士94400人と一般人25000人、寄せ集めの軍で装備貧弱なところへ、県民をかき集めた。作戦は、「本土決戦のための捨て石」になることだ。員数だけ集めてアメリカ軍と対決する。4月7日には戦艦大和が屋久島西方で撃沈された。燃料すらない。こちらも捨て石であった。
アメリカ軍は、無差別艦砲射撃、毒ガス、火炎放射器なども使った。皆殺し作戦である。とにかく本土上陸を遅らせるために、戦う力がなくても粘る。軍人・軍属85000人、非戦闘員94000人が死亡した。
さらに悲惨だったのは、日本軍兵士によって県民800人が殺され、集団自殺の誘導もされた。(1982年、文部省はこの記述を沖縄の教科書から削除した。県臨時議会は記述回復の意見書を満場一致で可決した。)
敗戦しても、沖縄の苦難は終わらない。明治以来、日本は一貫して沖縄を支配差別してきた。占領直後、沖縄はようやく独立できるという期待をもった。1946年1月からアメリカによる軍事支配が開始した。だから、期待はすぐにしぼんだ。アメリカは、「極東の防衛線をアリューシャン列島から日本を経て沖縄に至り、フィリピンに及ぶ」とし、「沖縄は太平洋における米国防衛の要石」と目論んだ。日本のためではなくアメリカの都合である。
52年4月28日日本の独立でも放置された。72年5月15日、沖縄返還が実現したが、依然として米国の基地が居座る。アメリカ兵の不祥事や、普天間基地、辺野古問題を見ての通り、県民が納得できる解がえられない。
西田の憲法論は、「国のために死ぬことは名誉であり、国民としての義務である。アメリカが持ち込んだ日本国憲法にうつつを抜かしているから真の独立ができない。国民主権ではなく、国を主権として国民一丸となる憲法(ネオ大日本帝国憲法)と、国中心の歴史観を立てるべしということだろう。
わたしは、彼が参議院議員として立派な見識だとは思わない。国を作っているのは個人である。国家は人々のためにある。だから、民主主義に本気で取り組まない人が参議院議員であってほしくない。
