週刊RO通信

「デリケート」の意味を解するか?

NO.1608

 なんとも荒っぽい時代だ。粗削りで無骨なだけならまだしも。奇妙な理屈もどきをこね回して、世の中を混乱させるのは危険千万だ。止めてほしい。

 かつて、小説家城山三郎は、三井物産を勤め上げ、請われて1963年78歳にして国鉄総裁に就いた石田礼助(1882~1978)の果敢な生きざまを、石田の名言である「租にして野だが卑ではない」をタイトルにしたベストセラーに仕上げた。真実一路の純朴な精神というわけだ。

 一方ただいま、世界中を騒がせているトランプ、プーチン、ネタニヤフ、近々弾劾裁判結果が出される予定の尹錫悦も、同じ系列中の人物だろうが、わたしが見るところ、これらの方々は、言葉巧みに取り繕ってはいるものの、その精神はまさしく「粗野にして卑である」ことを隠せない。

 彼らに共通するのは強烈な権力欲である。自分がその座にあるために、権力とカネを全面的に押し出している。もう一つ、彼らに共通するのは世論操作に並々ならぬ力を注入している。というか、インターネットによる大衆世論操作なくして、彼らの権力維持はあり得ないのである。

 尹錫悦の場合をおさらいする。昨年12月3日彼は突如「非常戒厳」を宣布した。国会議員や市民が間髪入れず駆けつけ、議会は直ちに非常戒厳無効を宣言した。形勢不利と見た尹は数時間後に非常戒厳を撤回した。そこから、法廷闘争(弾劾裁判)に向かっている。

 1945年夏日本の植民地から脱したものの、50年南北朝鮮が骨肉の争いに突入した。53年休戦協定後、韓国は李承晩、朴正煕の軍事独裁が続いた。79年朴暗殺後、全斗煥の軍事クーデターが起こったが、市民160人以上の犠牲者を出した光州事件を乗り越えて、韓国の人々は民主主義を誕生させ育ててきた。その体験があるから人々は、非常戒厳という反民主主義の権力支配を打ち砕いたのである。

 ところが今度は尹一派の謀略戦にぶつかっている。尹ら極右派は、戒厳宣言を民主主義擁護のために発したのだと詭弁を唱える。さらに、韓国民主主義の基盤ともいうべき、光州事件が北朝鮮によるものだと謀略説を展開する。

 いまも緊張をはらんだ南北休戦中であるから、このような謀略説が説得力を持ちやすい条件にある。とはいうものの、歴史的事実を捻じ曲げ、捏造し、論理を無視して流される謀略説がかなり大きな力を持っているのは危険だ。思想的混乱を起こし、強権で押さえつけるのはファシズムの常套手段である。

 SNSによって、大衆が情報発信力を得たが、ツールの使い方をマスターしても、コンテンツ(情報の価値)を自動的にマスターできるものではない。いかなる時代であろうとも、それを生き抜く見識は各個人に委ねられる。日本でも類似の話が発生している。真偽を見極める見識を養わねばならない。

 さて、1905年一高で英語の教鞭を執っていた夏目漱石さんの話を紹介する。ある生徒が、delicateという語の意味を問うた。

 漱石さんは、インド太守がエドワード七世(当時皇太子)を招いて開催した宴会について話した。皇太子の隣に着席したある王が、給仕の抱え持つ大皿から道具を使わず、肉を素手で取った。インド式でやってしまった。次に皇太子の番になった。皇太子も手掴みした。宴はインド式で滞りなく進んだ。

 もう一つ、南ア戦争で大功を立てた軍曹の名誉を称える師団長主催の宴会で、軍曹はうっかりフィンガーボールの水を飲んだ。しまったと思ったが後の祭りだ。見ぬふりしていた師団長は、宴会の最後のスピーチで、軍曹を賞賛し健康を祈念した。そしてフィンガーボールを取り上げて乾杯の音頭を取った。全員がフィンガーボールで乾杯した。

 皇太子はインド式で機転を効かせた。師団長も軍曹に配慮したつもりだったが、結局は軍曹の恥をさらしてしまった。ミスを慮ったのは皇太子も師団長も同じだが、その結果たるや、賢愚相隔たる三十里だ。こういう区別をデリケートと言うのだ、と漱石さんは語った。ただ言葉の意味(表現)をなぞるだけでなく、その本質を示唆した。

 粗野にして卑なるものの本質を見極めねばならない。漱石さんのデリケートについての教授は、そのまま、120年後の現代を生きるわれわれへの貴重な生きたメッセージだ、とわたしは考える。