週刊RO通信

SNSが社会を壊す!

NO.1597

 50年来の仲間が最近亡くなった。ある時、「あんたは言いたいこと言うからストレスないやろ」と言われた。彼は、言いたいけど言わないからストレスが溜まるらしい。うむ、「しかし、あんたは言いたいことを言った結果の向かい風に耐えるストレスはなかろう」。沈黙していてはいけません。

 たしかに、某トランプのように、嘘だろうがホラだろうが吹きまくり、世界で俺様がいちばんエライと思っている輩であれば、ストレスなどないだろう。それどころではない、最近は、「誰もが法の下にある。トランプ氏を除いては」と新聞に書かれるくらいだから怖いものはない。これでは帝王だ。

 自分に絶対的自信を持つ。自分を認めず、自分の言うことを聞かない連中が間違っている。こうなれば人は強い。仲間(かどうかは不明だが)に無視されて相手かまわずハンマー振り回さなくてもよろしい。

 ということが理解できたからかどうかはしらないが、SNSでは、おおいに好き放題の発言が幅を利かせている。ただし、おおかたは匿名だ。透明人間なんだからなんでも言える。

 それだけではない。マッチ一本火事のもとで、炎上させて愉むという狙いもある。騒動になればなるほど愉快である。言いたいことを言わず抑えるストレスはない。大騒動を狙うのだから、火が燃え盛るほど達成感が強い。誰もがそのような使い方をしているとは考えないが、昨今、SNSを巡る話題は社会的に有益と思いにくい。いや、むしろ有害である。

 社会は、コミュニケーションが成立するからこその社会である。真摯に見解を交流し合うのではなく、はじめから対立・分断を狙っているような使われ方であれば、Social Network Serviceの真ん中をDestroyと置き換えるべきではなかろうか。

 思想信条は自由である。個人が頭の中で、人を何人殺戮しようと、地球をぶっ飛ばそうと勝手である。ただし、それを社会的に公開するとなれば、社会に害悪を垂れ流さないという責任が不可欠である。

 個人が自由闊達に意見を開陳するのは、それが破壊的ではなく建設的であり,社会の紐帯を深めるからこそであって、対立・分断を拡大するものは否定されねばならない。もちろん、意図されざる対立・分断は仕方がない。否定されるべきは、はじめから対立・分断を意図した確信犯である。

 不確かなもの、事実と異なるもの、嘘などはSNSの天敵である。天敵が増大すると、SNSは社会的紐帯を破壊する道具と化す。核兵器が、自分を守るどころか、使えば、自分を含む世界を粉みじんに吹き飛ばすのと酷似している。この程度の道理がわからないでどうするんだ。

 ツイッターを買収して、Xのオーナーになった大富豪のマスクが、自分の好みに耽溺した内容を世界中に拡散する。SNSは、オーナーが積み木崩しを満喫するおもちゃであってはならない。この人物には、公共性という概念がすっぽり抜けている。

 表現の自由は、レッセフェールではない。それは、本来民主主義の原点としての「人間の尊厳」(基本的人権)を確保するために、国家権力を掣肘する目的の思想である。

 しかし、マスクやトランプは自分が手にした権力を自分の意のままに宣伝する道具としてSNSを使っている。なおかつ、思想や見識というには場違いの嘘であったり、思想を装った品のない暴言の類が多すぎる。しかも、さらに自分たちの正当性を強調して、それと異なる見識・主張を全面的に排除するべく画策する。

 メタのザッカーバーグが、ファクト・チェックの終了を宣言したと思う間もなく、今度は、DEI(多様性・公平性・包摂性)からの撤退に踏み込んだ。トランプ一派が、逆差別論でやかましいのに降参したようなものだ。トランプが大統領に就任する前に早々恭順の意を表明した。

 燃え盛る反動に抗して、ドイツ・オーストリアの大学・研究機関60以上が、正論の反旗を掲げた。科学的公平性・民主主義にそぐわぬとしてXの利用中止を宣言した。わたしは、連帯の意を表明して拍手を送る。黙っていたのでは世の中はどんどん劣化するばかりだ。ダメなものはダメだと言おう。