筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)
文化といえば、わたしは、なにやら馥郁たる香りが漂ってくると思っていたが、実際は、質において上等なものばかりではなく、自分が生きている社会、世界の「すべて」にわたると理解するほうが適当らしい。
つまり、ハイブラウ(highbrow)だけでなく、ロウプラウ(lowbrow)あり、ほんものもあればキッチュ(kitsch)もあり、世の中はあれもこれも寄せ集め、混然化してごった煮、闇鍋みたいなものだ。
20世紀に入って芸術はismからartへといわれた。芸術作品の素材でなかったものが芸術の素材になった。「地下鉄の切符」も立派な芸術作品を宿しているという。大衆社会が進むにつれて、そうなるのが必然なのかもしれない。
そうではあるが、しかし、文化文明は野蛮を脱した状態である。なによりも人々が社会においてお互いに生きるという(無意識であっても)意識を弁えておかねばならない。
つまり、文化に名を借りて社会を破壊してはならず、文化の行方はあまねく人々の共通する社会意識を再生産し続けるものでありたい。もちろん、社会の進化発展のために沈滞・停滞を破壊すべきことはあるが、進化発展という目的を見失って破壊を愉しむようになっては本末転倒だ。
社会の進化発展は、大ぐくりにすれば、拡散と収斂の連続である。停滞社会においては、人々の意識が拡散するが、拡散しっぱなしでは社会が解体する。収斂を視野においた拡散であらねばならない。
そこでSNSを考える。「さても、なにを、するのか」というわけだ。仄聞するに、その現状は収斂を前提とした拡散ではなく、離散と隔絶と呼ぶのがふさわしいような面が目に付く。
その理由の大きいものは、匿名性ではなかろうか。もちろん、匿名性の価値や必要性を否定しない。民主主義が健全に機能してない権力社会において、権力を掣肘する(やっつける)には匿名が必要な場合が多い。
しかし、自分が愉快になるために匿名性を利用するのはアンフェアだ。それはSNSが、いわゆる自分の不満のガス抜きになっているに過ぎない。ガス抜きが必要なことは言を俟たないが、自分のためだけでなく社会に有益なものであるためには、ガス抜きをなんど繰り返してもまたガスが溜まるだけである。
SNSがガス抜き文化を構築している限り拡散しても収斂しない。すなわち、カニがぶつぶつ泡を吹くのと変わらない。
わたしの実際の体験を紹介しておく。1970年代、職場の中高年層は賃金の中だるみ、職場や社会において疎んじられる傾向を感じて不満の塊になっていた。そこで、中高年対策と称して大々的に勉強会を全国展開した。
はじめ、状況がどのように変わっているか理解してもらうために、有名大学教授などを招いて座学をやったが、テレビに出ている有名な先生をまじかに見た程度の効果しか認められない。
これでは馬耳東風だというわけで、当事者が問題を探り、問題点を探り出し、解決策を主体的に考え話し合うようにグループ学習を導入した。例によって、はじめはぶつぶつ文句が出る。数人が文句を連ねるが、どこまでも文句である。
しばしして、メンバーの誰かが、「同じような愚痴や不満ばかり並べても意味がないよ。自分たちでどうするか話し合おうじゃないか」と発言する。あとは、一瀉千里の観だ。話す、考える、共感する、話す——その話し合いの愉快なこと。悩みを慰め合うのではなく、どこから手を付けるか。世の中のすべては、私自身が当事者であって、どなたさまかが解決してくださるのではない。
単純なことだろうか! とんでもない。とくに初めのころのメンバーは、戦場に放り出され、九死に一生を得て帰還した人が少なくなかった。彼らは、皇国臣民の教育を幼少時から叩き込まれて育った。民主主義の根源たる個人主義を徹底的に排斥する権力の教育で、そもそも自分というものがないか、きわめて希薄であった。
滅私奉公で、徹底的に自分を失っていた人々が、自分に気づく。「ひたすら自分自身を押さえていたが、自分の素直な考えを発表することが、なんと愉快なことか!」。これがみんなの共有した思いであった。
取材にきたテレビ局、新聞記者は、みなさんの活発な話し合いに気圧された。なにが起こったのか? みんなが、自分の心の壁を取っ払って話すことの愉快を体験しただけだ。
これは労働組合における、いわばロウプラウの文化の断片である。わたしは確信をもって断言する。当時の彼らは、疑いなく労働運動=大衆運動の価値の本質を体現していた。きわめて質の高い文化であった。
