月刊ライフビジョン | ビジネスフロント

沈黙を破ってみては

音無祐作

 今秋、『沈黙の艦隊』が映画化されるとのことです。連載当初は、まだソ連が存在していた30年以上前の作品の映画化に、当時のファンとしては、驚きを禁じえません。

 かわぐちかいじ氏原作の漫画は、日米が極秘裏に製造した新型原潜に乗る元自衛官たちが、「やまと」を名乗り、国家としての独立を宣言し、ある理想の実現に向け、ニューヨーク国連本部を目指すという物語。

 脱走直前、乗組員たち自身による整備によって、本来積み込む予定ではなかった核兵器が積載されたかどうかわからないという、かなりありえないような設定ながら、連載当時は、毎週夢中になって読み耽ったものでした。

 漫画の中では、当然、大国アメリカが、原潜の脱走を許すはずはなく、追い詰め、攻撃を繰り返します。

 専守防衛的な立場をとりながら、逃走を続ける脱走艦「やまと」ですが、原潜ゆえ動力や酸素は、ほぼ無尽蔵ながらも、搭載していた通常兵器には限りがあります。

 ついに通常兵器を打ち尽くす「やまと」。残っている可能性のあるのは、核弾頭を搭載したサブハープーンミサイルのみ。はたして、「やまと」艦長の海江田四郎は、核ミサイルを撃つのか?

 核兵器使用の危険性を認識していながらも、「やまと」を追い詰める合衆国ベネット大統領は、唯一の核兵器実戦使用国という歴史の転換のために、あえて「やまと」に核を使わせようとしているのではないか、との疑念まで抱かれます。

 1年半以上たった今も、ウクライナへの侵略戦争は継続しています。いまや、和平交渉を呼びかけるニュースはあまり聞こえてこず、ウクライナへの新しい兵器の供与や、ロシアへの武器弾薬供給ルートの噂、そして、南部や西部地区での戦闘状況などばかりが聞こえてきます。

 ここへきて、西側各国により供与された戦車やミサイルなどの兵器が機能し始め、徐々にではあるもののウクライナ側に優位な展開という噂もちらほら聞こえてきます。

 双方、より条件の良い状態に持ち込んでから、戦争を終結したいと望んでいることでしょうが、そのあいだに国民の命が失われ、国土が焼かれていく虚しさは、わたしたち日本人には、特に身に染みているはずです。

 まさか、今のアメリカが、「唯一の核兵器使用国」のレッテルを剥がすために、ロシアに核を撃たせようなどと考えていることはないとは思いたいですが、ウクライナの反転攻勢が功を奏した暁には、ロシアをそこまで追い詰めてしまう危険性は、十分想像できます。

  二正面作戦は、ノモンハンでの戦闘以前から近代戦争史においてタブーとされている事で、かのスターリンも嫌っていたシチュエーションです。ロシア国内でもごたごたが起き始め、クレムリンが国内外二つの問題に悩んでいる今こそ、和平交渉のチャンスのような気がします。

 すっかり、アメリカの手先のようにふるまい、武器輸出三原則を防衛装備移転三原則と誤魔化し、漫才コンビサンドイッチマンのゼロカロリー理論よろしく、「○○自体に殺傷能力があるわけじゃないから、○○は「武器」じゃない」などと屁理屈をこね始めている日本政府に、すでに説得力はないかもしれませんが、戦争の虚しさをよく知る国の一つとして、ウクライナだけでなく、双方の国家に足を運んで、和平交渉に口を出し始めるということはできないものでしょうか。