月刊ライフビジョン | メディア批評

メディア分断の背景にある政権の説明責任放棄

高井潔司

 先月号で指摘した菅政権の説明責任軽視、国会論議の軽視が、依然続いている。その実態を統計的にあぶり出した面白い記事が11月10日付け朝日新聞に掲載されていた。「『控える』答弁80回近く」がそれである。この記事によると、先月(10月)から今月6日までに衆参両院で行われた代表質問と予算委員会でも約1250回の政府答弁を対象に集計したところ、「お答えを差し控える」などの表現が80回近くあったという。「最も多かったのは、日本学術会議が推薦した会員候補6人を拒否した問題」だそうで、首相や閣僚など政権全体で48回、そのうち42回が首相自身だっという。理由は、「人事の問題だから」、「プロセスの説明は差し控える」などと、表現は柔らかだが、結局答弁拒否と同じことだ。たたき上げの庶民首相を掲げた菅氏だが、いかに官僚的で上から目線であるか、よくわかる。

 河井克行・案里夫妻の公職選挙法違反問題など自民党議員、元議員らのスキャンダルを追及されると「個別の国会議員の発言にはコメントは差し控えたい」と、逃げの一手だ。

 こうした説明責任の軽視がひいては社会の分断化をもたらすと先月号で指摘したが、まさにそうした指摘を裏付けるような世論調査結果が毎日新聞に出ていた。「日本は若者ほど『政権支持』『トランプ支持』――世論調査で見る現状維持志向」という記事。何とこの記事は19日にデジタル版で発信されたが、毎日本紙には24日付け朝刊に掲載された。この世論調査は11月7日に実施されたもので、「全体では57%だった内閣支持率を年代別に見ると、18~29歳は80%▽30代は66%▽40代は58%▽50代は54%▽60代は51%▽70代は48%▽80歳以上は45%という結果だった」という。また学術会議の任命拒否問題では、「『問題とは思わない』と回答した人は18~29歳が59%▽30代が54%▽40代が48%▽50代が43%▽60代が41%▽70代が48%▽80歳以上が49%――と若年層ほど低かった」という結果が出た。

 国会できちんとした議論や事実に基づく結論が展開されないまま、問題意識の強い新聞やテレビでは連日、問題が追及される。それに接する機会の多い中高年は政府に批判的となり、とくに野党支持者はイライラを募らせる。一方、新聞やテレビのニュースにあまり接しない若者たちは、いつまでそんな問題を追及しているのかと距離を置くことになる。ちなみにNHKが5年ごとに行っているメディア調査で、「最も欠かせないメディアは?」との問いに対する回答を年代別に分けると以下の通り。

 20~29歳  テレビ25% ネット54% 新聞1% 音楽ソフト7%

 30~39歳  テレビ33% ネット47% 新聞4% 書籍5%

 40~49歳  テレビ41% ネット47% 新聞6% 書籍7%

 50~59歳  テレビ55% ネット21% 新聞9% 書籍7%

 見事に若者のネット重視の傾向が見て取れ、その保守化傾向との関連を感じさせる。メディア利用と若年層の保守化、政権の説明責任放棄がどう関係するのか、さらに研究が必要であり、興味深い問題である。

 前政権時代の膿が再び噴き出した。安倍政権下の「桜を見る会」をめぐる不正問題だ。その報道ぶりが何とも謎めいている。

 問題再燃の火を着けたのは何と安倍政権を側面から支えてきた読売新聞だ。三連休の最終日の23日付け朝刊で「東京地検 安倍前首相秘書ら聴取 『桜』前夜祭会費補填巡り」と報じた。「特捜部は、会場のホテル側に支払われた総額が参加者からの会費徴収額を上回り、差額分は安倍氏側が補填していた可能性があるとみており、立件の可否を検討している」としっかり問題の所在を明らかにしている。連休中で夕刊はなく、朝日、毎日などは丸一日遅れの24日付け朝刊で後追いを強いられた。わが畏るべき先輩、新聞読みの達人の前澤猛氏の調査によると、他紙のWeb上での後追い報道も

 共 同:23日 11:01

 日 経:23日 11:03   更新: 24日04:22

 NHK:23日 15:59   更新:23日19:33(挿入:補填額800万)

 産 経:23日 18;38

 東 京:23日 21:48

 毎 日:24日 02.02

といった具合。記者たちも、情報源となる検察庁もお休み中だから、各社の苦労がしのばれる。

 しかし、不可解なのは、特ダネを飛ばした読売の扱い。一面の左肩の部分に小さく置かれ、別面での関連記事も無し。この日の一面トップはもはやニュースでもない、「GoTo札幌除外へ」である。一日遅れの朝日の方が一面トップで「安倍氏側数百万円負担か 『桜』夕食会費 ホテルが領収書」と派手に報じている。24日の朝刊でも読売の方が情報量が多い。「安倍氏側800万円超補填か 『桜』前夜祭5年間」と具体的な数字を上げて報道している。しかし、扱いは相変わらず左肩と地味ひと筋。しかも、これまた不可解なのは、4面の政治面掲載の関連記事。「自民『安倍氏、答弁している』と、早くも野党の追及姿勢に釘を刺す報道をしている。確かに沢山、答弁したが、それがウソの答弁だったことを一面の記事が指摘している。何ともちぐはぐの紙面展開。地検担当の社会部と政権べったりの政治部との間に齟齬があるのだろうか。全く不可解な紙面展開である。

 捜査をめぐる読売の特ダネの情報源は「関係者によると」としか書かれていないが、東京地検と見て間違いないだろう。謎を呼ぶのは、なぜ安倍支持をあからさまに打ち出してきた読売に敢えて情報をリークしたのかという点だ。当局からリークされた情報による報道はリーク報道と呼ばれるが、リークした側の意図が働き、報道は操作されがちだ。

 この捜査は、桜を見る会の前夜祭を巡って、政治資金規正法や公職選挙法違反があるのではないかとの市民団体などの告発から始まっており、読売のような穏便な報道の下で、事案はあくまで秘書の独断による政治資金収支報告書の記載漏れという軽微な不正であり、前首相には刑事責任及ばずという幕引きのシナリオが描かれているのかも知れない。テレビのワイドショーに出演した元特捜検事の弁護士は、億単位なら別だが数百万程度の記載漏れでは、刑事事件として起訴されないだろうと解説した。公職選挙法違反についても、26日付け朝日朝刊は会費補填について当事者に寄付行為という意識がない限り起訴は難しいと報じている。どうやらシナリオ通りに動いているように見える。

 前首相の責任逃れのウソ答弁が明々白々だが、国会などでの追及に対し、菅首相は「自分の当時の答弁は安倍首相に確認したもの」と逃げの一手。安倍前首相は「秘書から補填はないと聞かされていた」とこれまた他人事のように居直る。

 こういう自身の責任を取らない人たちが、学校教育に「道徳教育」を復活させた。彼らの説く道徳や期待する人物象とは、弱い者に責任を押し付ける権力者と、その権力者に従順な若者なのだろうか。前半取り上げた若者の保守化現象は、まさか彼らが復活させた道徳教育のせいというわけではないだろう。


高井潔司  メディアウォッチャー

 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授を2019年3月定年退職。