“増加する職場のパワハラ”
平成30年度の個別労働紛争の相談件数は約111万8千件で前年度より1.2%増加し、11年連続で100万件を超えています。特に民事上の個別労働紛争である「いじめ・嫌がらせ」の相談が7年連続トップとなって、減少する傾向はありません。民事上の「いじめ・嫌がらせ」の過去5年間の相談件数及び民事上に占める割合の推移は下記の通りです。
年度/平成 | 24年 | 25年 | 26年 | 27年 | 28年 | 29年 | 30年 | |
いじめ等/件数 | 51,670 | 59,197 | 62,191 | 66,566 | 70,917 | 72,067 | 82,797 | |
民事上の割合 | 20% | 24% | 26% | 27% | 28% | 24% | 26% | |
職場のいじめ・嫌がらせの相談が増加し、平成30年度は民事相談件数の約1/4となっています。しかしそれに対応する法律がなく、何度となく検討されたようですが、いじめ・嫌がらせの判断基準が難しいことなどから見送られてきました。その法律がようやく5月29日に参議院本会議で可決されて成立しました。
“労働施策総合推進法”
パワハラ(パワーハラスメント)を規制する法律の正式名称は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(略称・労働施策推進法)です。これは働き方改革推進に関する法律整備によって、従来の「雇用対策法」が改正された法律で、2020年4月(中小企業は2022年)施行の予定です。この法律の第1条は下記の通りです。
第1条(目的) この法律は、国が、少子高齢化による人口構造の変化等の経済社会情勢の変化に対応して、労働に関し、その政策全般にわたり、必要な施策を総合的に講ずることにより、労働市場の機能が適切に発揮され、労働者の多様な事情に応じた雇用の安定及び職業生活の充実並びに労働生産性の向上を促進して、労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし、これを通じて、労働者の職業の安定と経済的社会的地位の向上とを図るとともに、経済及び社会の発展並びに完全雇用の達成に資することを目的とする。
2 この法律の運用にあたっては、労働者の職業選択の自由及び事業主の雇用の管理についての自主性を尊重しなければならず、また、職業能力の開発及び向上を図り、職業を通じて自立しようとする労働者の意欲を高め、かつ、労働者の職業を安定させるための事業主の努力を助長するように努めなければならない。
この法律目的を読んで感じたのは、どこにもパワハラに関する内容が見当たらないためにパワハラ防止法だろうかという疑問でした。よく調べたら第4条に目的を達成するための事業主の責務が14項目あります。パワハラ防止は職場における事業主の責務であり、そのために雇用管理上の必要な措置を講じなければならないことから適用されるのです。身体に対するパワハラ防止のため職場に防犯カメラを設置することはできず、言葉でのパワハラを防止するため上司にマイクを着用させることも不可能です。改めて管理職の教育を行うことによって、パワハラ防止につなげることが新しい法律に対応することになりそうです。
“パワハラに関する3つの要素”
職場におけるパワハラを構成する要素として、①優越的な関係を背景とした ②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により ③就業環境を害すること(身体的もしくは精神的苦痛を与えること)の3つがあり、これらがすべて該当すればパワハラとなります。職場のパワハラの定義や事業主が講ずべき措置の具体的内容については、これから指針で示される予定となっています。
同じハラスメントでもセクシャルハラスメント(セクハラ)は男女機会均等法、マタニティーハラスメント(マタハラ)は育児・介護休業法で企業の禁止措置が課せられています。これらのハラスメントを構成する要素は上記の①~③と近いものであり、ハラスメントを受ける対象者の個別的条件によって適用される法律が異なることになります。ハラスメントによる被害者のダメージによっては共通の労災保険が適用対象となります。
ハラスメント防止という共通認識で考えると、対象者の個別的条件で適用される法律が分れるのは現場としても悩ましいことになります。ハラスメント防止のために、3つに分かれている法律を一つにすることです。そのために機械や設備等のハード面を規制している身近な労働安全衛生法に、人間関係のトラブルというソフト面を適用できるように改正すればハラスメント防止に活用できるのではないでしょうか。
<31年9月レポート>
石山浩一
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。 http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/