月刊ライフビジョン | メディア批評

傷口広げる一面的報道

高井潔司

 3月は中国担当記者にとって、稼ぎ時である。年に1度の全国人民代表大会(国会に相当、全人代)が開かれ、各種法案が審議、採択されるが、何より開会冒頭、国務院総理(首相)が1年を総括し、新年度の政策方針を明らかにする政府活動報告を行う。かつてはその原稿をどう早く入手するか、知恵を絞った。また5年任期の首相などの人事も全人代マターであり、様々な観測記事が飛び交ったものだ。

 だが、今年の全人代をめぐる報道は低調だった。人事の年でもないし、かつては党総書記と首相は同格であり、政府活動報告が注目されたものだが、いまや習近平(シージンピン)総書記の1人勝ち状態で、李克強(リカチアン)首相は刺身のつまだ。実際、日本の大半のメディアは、経済の減速、米中貿易摩擦の不透明な先行きに関する報道が目立ち、まさに低調そのものだった。

 その中で、内容はさておいて、スペース(紙幅)という意味で気を吐いていたのは読売新聞だ。9日付の紙面で、全人代での王毅(ワンイー)外相の記者会見(1面)とそれを受けて「中国共産党 日中関係の底流」という7回にわたる大型連載を開始した。

 ただし、「内容はさておいて」と前置きしたのは、せっかくの大型連載なのに、一面的な中国こき下ろしの内容に終始していたからだ。第1回目は「人民日報によると、 習氏は昨年6月下旬、米国を念頭に『大国関係をうまく運営する』と述べた上で、こう強調した。『周辺国外交を進め、周辺環境 をもっと友好的で有利なものにする』。日本は『大国』ではなく『周辺国』――。2012年に発足した習政権は、外交白書で日本をそう位置づける。18年版でも、 米国、ロシアなどを『大国』とし、日本をベトナムやラオス、韓国などと並ぶ『周辺国』に分類した。習氏の外交を支える王毅国務委員兼外相は昨年12月の外交政策演説で、日本を『周辺国』のうち北東アジアの一国とさらに細かく区分し た。

 胡錦濤(フージンタオ)前政権時代の白書は日本を基本的には『大国』としていただけに、『日本はもはや格下』(諏訪一幸・ 静岡県立大教授)との習政権の認識は際立つ」とある。

 そう聞かされると、私のような人間でも愛国心がそそられ、「周辺国」扱いとは中国も思い上がるなと反発を感じてしまう。

 しかし、記事は矛盾だらけだ。タイトルは「米けん制へ利用価値」とある。ラオスやベトナム並みの周辺国に利用価値なんてあるの? 「利用価値」なんて中国側の言葉ではなく、記事を書いた記者、編集者の解釈に過ぎない。本当に中国側がトランプべったりの安倍外交に利用価値があると考えているのか、論証がない。

 そもそも1面の王毅外相の記事では、「日中関係について『共に努力すれば安定した発展期に入れる』と述べ、さらなる関係改善に意欲を示した。王氏は、習近平国家主席の日本訪問を念頭に、『ハイレベルの往来は条件が整えば自然と順調に運ぶだろう』と前向きな考えを示した」と、日中関係の積極的な局面を強調しているのに全く冷や水を浴びせるような記事である。

 翌日から過去にさかのぼって日中関係を振り返る。要約してみると、「ソ連との対抗のために共通の敵を掲げ、親日を演出して日本、アメリカに接近した毛沢東時代」、「反ソ、経済建設という当面の主要課題のために日本との関係強化を図り、政府開発援助(ODA)を引き出した鄧小平(ドウシャオピン)時代」、「天安門事件後、党の統治強化を図るため、愛国主義を強調し、悪者日本を演出した江沢民(チアンザミン)時代」と、生き残りのため日本をおだて、脅し、だまし、利用する中国共産党の手口を明らかにしている。

 連載の筆者たちは中国共産党を徹底分析、批判したつもりだろう。だが、外交というのは相互関係なのだから、もしそこまで利用され、だまされっ放しとしたら、日本の歴代首相、外相はよほどお人よしのお馬鹿さんということにならないだろうか。少しでも日本の側の状況も考慮に入れてみれば、論調も変わってくるはずだ

 その都度その都度、関係を改善することによって、実は日本も利益を得てきたのだ。「中国の安定はアジア地域の安定」、「中国の発展はアジア地域の発展」でもあり、「日本にとって利益がある」と、大平首相はODAの開始を決定した。中国が天安門事件後の混乱を乗り切り、市場経済を推進したことで、日中経済も大きく発展し、日本経済にも好影響があった。今では中国経済がくしゃみをすれば、日本も風邪をひく関係になっている。一方的な関係ではない。

 ぶっちゃけた話、中国の発展は私たちにとってもよろこばしいことと言えば、いえいえ、日本のお陰と感謝もされよう。実際、反日デモが吹き荒れた時期、小泉首相のその一言が流れを変えた。連載のような調子では、わが国民を数千万人も殺傷しておきながら、賠償も反省もないと反発必定だ。

 こんな一本調子の連載がまかり通るから、日本側の対中関係改善の世論はちっとも高まらない。不思議なことに、中国世論の対日改善意欲が高まっている。中国世論はいまや新聞などのマスメディアより、ネットの方が主流となっている。日本への旅行者が増え、一般人が直接日本を見て、日本の良い面をSNSで発信する。残念ながら、中国への日本人旅行客は一向に増えず、SNS上の発信もステレオタイプな中国ぎらいの言論が横行する。マスメディアは一面的な中国像しか伝えない。もちろんその一面はうそでも間違ってもいないが、あくまで一面であり、やはり多様な側面を伝えてもらいたい。


高井潔司教授 定年最終講義「私のメディア論」――どなたでもご参加いただけます

日時 2019年5月25日(土)14:30-17:00

会場 ハロー貸会議室半蔵門 〒102-0093 千代田区平河町1-2-1 朝日ビル5階

参加費 500円/人

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懇親会――どなたでもご参加いただけます

日時 2019年5月25日(土)17:30-19:30  高井潔司さんを囲む会  

会場 ホテルグランドアーク半蔵門  ラウンジ ラメール

   〒102-0092 千代田区隼町1-1     電話 03-3288-0111

参加費 4,500円/人


主催 ライフビジョン学会 有限会社ライフビジョン

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