くらす発見

趣味なる言葉の深奥

筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)

 絵を描く暮らし(人生)まっしぐらのPOOHさんこと田島さんが、1月22日「いいご趣味をお持ちで」と言われるとヨイショ(嫌味)を感ずると書いておられたが、これはへそ曲がりでもなんでもない。実に正しい趣味の解釈をしておられるからである。

 趣味を気晴らしや手慰みだと解釈するのはボキャ貧の典型である。たとえば、定年を迎えて衣食住には困らないが、格別「なにか」したいこともなく退屈している人が、絵を描く生活にのめりこんでいる人を見て、うらやましさを語っているのだが、自分が絵を描く生活に憧れているわけではないから、よくもまあ、そんなことに熱中できますね、と皮肉を込めていることにもなる。

 わたしも思い当たる。昔、NHKの番組で、定年を控えた夫婦20組に参加してもらって、人生設計セミナーを実演した。仕事一途の勤め人である夫は、仕事がなくなった1日24時間の活動を記入してもらうと、ネル・メシ・シンブン・サンポ・フロという調子で、要するに打ち込んでいる仕事に相当する時間が「余る」。

 さあ困った。というわけで、アナウンサーが「先生、どうしたらよいでしょうか」と尋ねる。わたしは、「なにもしなくてよろしい」と答える。ところが他の似非コンサルタントは、「趣味を持ちましょう」とやる。アナウンサーはそれを想定しているが、意に反するから慌てる。「どうして?」と、今度は本気で?がついている。

 ――囲碁将棋を始めても、ゴルフを始めても、初心者マークがとれるまでは相当苦労しますよ。そこで、格闘することに意義を見いだせればいいですが、生まれて60年近く、趣味らしいものをもたずにやってきた。つまり、世間にある趣味など自分に似つかわしくないからそうなんです。定年後突然宗旨替えしたって、成功する可能性は低いでしょうね。

 それでもまだ本質に気づいてくれない。「どうすればいいんですか?」

 ――あえていえば、机上に紙をおいて、鉛筆で、「なにがしたいのか」とタイトルを書きます。そして、自分がやってみたいという「なにか」が見つかるまで、作業を継続してください。退屈どころではありませんよ。ひょっとすると、脂汗タラーリかもしれない。当然ながら時間はどんどん過ぎて、退屈なんか吹っ飛びます。ゴルフを始めて、道具に資金投入して、挙句、ちっとも上達せず、放り出すことを考えても、実に無駄のない方法でしょう。

 アナウンサーは、「まあ、いじわるね!」とのたもうた。あんた、東大出てこんなことがわからないのですか。と言いたかったが、わたしは世間体(?)なるものを考えて、にっこり笑ったのであります。大学進学率世帯単位では76%だそうな。いまは、ちがうのでしょうかね。

 夏目漱石さん(1867~1916)は、「小説は吾人のテイストである」とおっしゃった。taste=趣味である。すでにお気づきのように、このばあいの趣味は、作家の全人生・全人格を代表している。気晴らし・手慰みなどまったく出番がない。

 「あの人は趣味がいい」という場合、具体的には洋服の趣味だとか、会話のうまさとか、いろいろあるだろうが、全体としては、センスのいい人で、人生・人格を賞賛しているわけだ。つまり、自分にとってつまらぬ趣味を持たずとも、趣味がいい人になればよい。愛妻から、「定年後は狸の置物してちょうだい」と言われるなら、仕方がない。置物してみればよい。

 政治家に道徳家たることを期待する人は少ないだろうが、それにしても、ただいま話題になっている政治家諸君は、まことに趣味がよろしくない。パチッと上等のスーツを着用しても、趣味の悪さは隠せない。

 さてこそ、趣味のよろしい人格に、人生を送るにはどうするべきか。結論は、自分自身が弾き出すしかない。ただ、客観的に言えるのは、人生の一番長い時間を付き合う「仕事」に熱中できるか。誤解なきように補足するが、「24時間365日勤め人たれ」というのではない。認識・意識の持ちようである。

 生活の糧を稼ぐのだから好き嫌いは言ってられない。という見識もある。しかし、仕事を趣味として活動できる人は、生活の糧以上のなにかを獲得する。試みに、周辺を見回せばよろしい。もちろん、自分自身でもよろしい。

 安倍派のみなさんはそれなりに熱中していたわけだ。ただし、世間から見れば、まったく趣味が悪い。「派閥は吾人のテイストである」と心からいえるだろうか。

 他人に趣味の良さをほめられる人は、自分が趣味の基準を持っている。持たずにほめるようなバカをやるから、画伯は気分を害する。

 かかる哲学的命題を投げかけつつ、政治家を論ずるなど、まったく趣味が悪いのであるが、もし、そう思われるのであれば、政治家=政治の趣味が悪いような日本国というものを、どう考えればよろしいか。ぜひ、趣味のよいセンスで、お互いに考えたいのである。