論 考

日本人の質の変容とその対策

 著者 渡邊隆之(わたなべ・たかゆき) 

 ――1991年、生活者大国を掲げたのは宮沢喜一首相だった。なるほど宏池会の領袖らしく、リベラルな視点が決まっていたが、その流れをくむ岸田氏は庶民生活に対する関心が薄弱である。個人の生活防衛策ではたいしたことができない。現状は、政治的無関心が招いた結果であると考えれば、1人ひとりが心がける課題が明確になる。

 “増税メガネ”“減税詐欺”“ミスター現状維持“との仇名がついた岸田政権。ガソリンについてはトリガー条項が適用されず、円安に伴う原価の高騰、物価高も続いている。庶民は「買いたいものを買う」ではなく、「買えるものを買う」という態度になっており、財布のひもを固くして生活防衛に入っている。

 筆者の周囲では父親と同世代の年金生活者の世帯が多く可処分所得がかなり減っているようだ。以前、消費税が上がった際にはもやしの品切れがすごかったが、最近は豆苗と低脂肪乳の品切れをよく見かける。豆苗は低価格、何回でも生えてくるのでコスパがよい。また、低脂肪乳は通常の牛乳の価格の半分であるし、味はともかく健康面でのメリットがある。

 スーパーのイオンの業績がいいらしい。しかし、これは消費者の可処分所得が増えて購買意欲が増したというわけではなく、むしろ富裕層の一部が脱落していままで使わなかったイオンなどのスーパーを使い始めたと見る向きが強い。国民の貧困化が進んでいるとみるならば、一企業のステークホルダーとしてはともかく、日本経済全体からは手放しで喜ぶことはできない。IMF予測ではGDPランキングが日本はドイツに抜かれ4位になる見通しだという。

 さらに、前の価格改定で新聞購読者も一気に減っている。我家にも年配の方が集金に来られ、集金先がかなり減ったと話していた。独り住まいであれば、水道代とガス代の合計額より新聞代が高い場合もある。

 筆者が「確かにネット記事より遅く新聞に同様の記事が掲載されることもあるけれど、普段興味のない記事にも目を通すことができ、思考の偏りができにくくなるから(新聞は)いいんですよね。」と話すと「そうなんですか?」との返答。聞けば、その方も年金生活者で自分では新聞の購読はしていない。「だって、高いんですもん。」との声が筆者の耳に残った。

 ネット記事へのコメントを見ると「次こそは選挙に行かなければ」「今の政権では日本がダメになる」などの投稿が多いが、毎回、低い投票率は改善されない。組織票の影響が強い、若年層の投票率が低い等で事態はほとんど変わらない。

 高齢者の場合、入院や疾病で投票が難しい方も一定数いるが、基本的にストレスのかかる難しい問題については考えたがらない。お付き合いで〇〇さんに投票した、なんて方も少なくない。他方、若年層では、「自分では判断できない」「興味がない」で投票しない方も多い。「携帯料金を安くしてくれたから」と自民党に投票した若者も多かった。木を見て森を見ず、という有権者が多い。お騒がせガーシーこと東谷氏のような候補者に面白半分で投票をする層もいる。候補者を擁立する政党も、そこへ投票する選挙民も思慮が欠けている。つまり、この国の知の底が抜けてしまっている。今だけ、金だけ、自分だけ。政権側も有権者側もこの国と自分たちの暮らしについての長期ビジョンを描けていない。

 ネット記事やそれに対するコメントを見て特に筆者が危惧するのは、医療の必要な高齢者に対する心ない書き込みである。『PLAN75』という映画があったが、ネット上でも「75歳以上は延命措置をすべきでない」「高齢者よりも子供を優先すべき」など個人の価値に優劣をつける優生思想もどき発言が顕著になってきている。

 「それではあなたが年老いた時にご自身の意思によらず社会的に抹殺されることも許容されるのですか?」とお返ししたいが、そんなことは考えていないのだろう。安楽死を安易に肯定することは、個人の尊厳原理に反し、殺人を容易に認めることだ。社会秩序も保たれないし、司法制度も無意味なものになる。重税感等でストレスを感じているのはわかるが、スマホの普及により自分の都合のよい情報のみ選択して、命の価値との整合性を考えられていない。

 老若男女問わず誰でも1回しか生きられないし、「やっぱり生まれてきてよかった」と思って人生を閉じたい。2100年には日本の人口は3770万人との推計(総務省)も出ているが、他人の命の価値を尊重できない優生思想がはびこる社会なら、筆者はそんな国に身を置きたくない。

 病院で多く処方される薬や患者の管理方法の不備で容態が悪化する現状や、それに対する司法的救済の不備、介護離職など、患者の命よりも経営に重きを置く医療機関の闇にももっとメスを入れねばなるまい。

 安倍政権のときに、「日本国憲法は短期間につくられた」とバカにされたが、そこに書かれている「個人の尊厳」や「生存権」について十分吟味したうえで政策を打ち、有権者も意識して投票行動を行っていただろうか。

 報道の自由度の低くなったこの国において、情報リテラシーを各自もっと磨きつつ、人権や世の中のインフラの仕組みについて理解を深め、自分のできることから人に優しい社会を作るべく行動を起こしたい。