月刊ライフビジョン | ビジネスフロント

財務省・経団連的思考の答え合わせをする

渡邊隆之

 いよいよ10月1日からインボイス制度が導入される。年間売上1000万円以下の免税事業者は課税事業者になるか、免税事業者のままにするかを選択する。前者ならばその事業者自ら消費税分を支払う。後者ならば取引先から値引きや取引解消を迫られ、場合により廃業を迫られる危険があるとされる。BtoB(企業対企業)の取引の場合は廃業リスクもあるので悩みは大きい。

 もともと免税事業者の年間売上額の上限は3000万円だった。それが、1000万円に引き下げられ、さらに中小零細事業者に課税事業者となることを押しつければ、経理の手間を負担させ、利益も減らさせることになる。はたして、この制度にどれだけのメリットがあるのか疑問に思う。消費税率だって上がっている。

 そもそも、免税事業者制度は益税云々で不公平とかの話の前に、中小零細事業者の保護に主眼があったのではないか。この国の事業者の99.7%は中小零細事業者であり、全体の労働者の7割を雇用している。インボイス制度導入とともに新たな中小零細事業者救済施策なり、取引先による不当な値引き要求や取引解消を抑止するための厳重な監視等についてはあまり聞こえてこない。結局、政策立案部隊の方たちにとっては、市井の人々の暮らしに関心はないのだろう。

 すでに後継者不在、コロナ自粛後の人員不足、原材料高騰、ゼロゼロ融資返済開始等で地方では小さな店が次々になくなり、ここ数年でも産業の空洞化が顕著だが、今後ますます加速すると予想する。あとは、人手不足の企業の下、安い賃金で働くのか。あるいは、円安に乗じて事業や不動産を外資に買われることになるのか。中小零細の免税事業者に対し不公平というなら、大企業への優遇税制も一度白紙に戻して、税収見込み額を公開し議論を詰めてもよいのではないか。

 中小零細事業者への「経営努力が足りない」との主張は説得力がない。なぜなら、大企業もこの数十年間、低金利で、法人税を大幅に引き下げ、優遇税制も受けていたのに、世界の企業の時価総額ランキングにはトヨタの名前くらいしか見当たらないからである。

 ちなみに、今回のインボイス制度導入で見込まれる税収額は2480億円だそうである。その程度なら、岸田首相が海外への支援を1回我慢すれば導入の必要はないのではないか。

 来年から始まる電子帳簿保存法による処理も面倒である。事業者負担軽減のため、IT補助金もあると謳っていた。しかし、面倒な作業が増える上に、予定外の支出も増える。そもそも官僚が作業効率化を実現するために国民にお願いをする立場なのだから、経理ソフトくらい無償提供してもよいのではと感じる。会計ソフト会社と政治家・官僚との間で裏取引でもあるのではと邪推してしまう。

 財務省の官僚の方々は優秀と聞いている。であれば、国民の生活や産業の活性化が図られるよう、問題解決にその優秀な頭脳を使っていただきたい。どうも、机上の空論ばかりに思えてならない。

 たとえば、かつて少子化が進んだ際に、財務省は「学校の統廃合をすすめるべき」と語っていた。養老孟司氏が「それじゃ学校の先生がまた忙しくなってしまう」と指摘していたが、案の定、教師の労働環境は過酷で、教師のなり手がいない、退職者は増える、精神疾患者は増える、など問題が山積みである。

 そこで、教師になったら奨学金返済をチャラにするとの案が出ているようだが、まずは、現場百遍、現場で何が起きているのかよく見るべきだ。人の数合わせをすればいいという話ではない。あくまでも、この国の主権者を育てる大事な場である。チープな考えしかできないのであれば、政策立案者としての存在価値はない。

 また、経団連の十倉会長が少子化財源として消費税も考えるべきと発言したことで各方面から批判の声が上がっている。調べると、十倉氏は東大経済学部の出身なのだそうだ。東大の経済学部に問題があるのか、それとも、十倉氏が経済学をよく勉強されていないのか。企業が負担する社会保険料を増やしたくないというのが十倉氏の本音なのだろうが、それなら売上利益を上げる方法を考えるとか、お金を払いたくないなら従業員のしていた仕事を自らやるとか、イノベーションを起こそうという考えはないのだろうか。従業員には生きる権利がある。使うだけ使ってカネは出さない。そんな虫のいい話はない。

 この国で本当に考えるべきなのは、目先の税収や大企業の利益でなく、インフラやサービスをいかにメンテナンスし、維持、発展させていくかにある。IT化が進んでも、業務を遂行する人間が不可欠である。その人たちがいかにのびのびと生活し、成長し、自由な発想と行動のもと、自国や社会に良い影響を与えていけるかを詳細に考えることが大事なのだ。

 いまのこの国の閉塞感を吹き飛ばすために必要なのは、少しばかりの税金のあら捜しをすることではなく、産業の空洞化の阻止、健全な人財育成である。そのために各自もっと頭を使いたいし、声を上げていきたい。