週刊RO通信

処理水放出問題だけではない

NO.1527

 汚染水の処理水放出で中国が水産物全面禁輸した。それを受けて8月26日の社説は、朝日「中国の禁輸 筋が通らぬ威圧やめよ」、読売「水産物の禁輸 中国は不当な措置を撤回せよ」、毎日「中国が水産物全面禁輸 即時撤回へ外交の強化を」と、足並みが揃った。

 農水省の幹部が「(ここまで強硬とは)予想していなかった」と語ったらしいが、嘘でしょう。中国は予告もしていたし、なによりも最近の日本外交の流れからすれば、中国が禁輸に出るのはわかっていた。農水大臣が汚染水発言して、みなさまにご不快を与えたお詫びをしたが、本音な発言なんだろう。

 9月8日、処理水放出国会閉会中審議の流れをみる。

 第一に、放出の正当性は、全面的に国際原子力機関IAEAの包括報告書によっている。NHKによると、トリチウムの年間処理量は、フランス1万兆ベクレル、カナダ190兆ベクレル、イギリス186兆ベクレル、中国112兆ベクレル、韓国49兆ベクレルに比べると、日本は22兆ベクレル(で少ない)という数字を並べて解説した。世界各地で、海洋・大気中へ放出されているという次第だ。

 しかし、東電の汚染水は1日90トン発生していて、いまの段階でも、海洋放出が30年程度かかる。福島第一原発1~3号機には880トンのデブリがあり、これの取り出し見通しが立たないので、汚染水の増加は止められない。トリチウムを薄めれば生物への影響はリスクが低いと学者はいうが、一般の人は、ああ、そうですかというしかない。

 第二に、放出への理解である。2015年に安倍政権と東電は「関係者の理解なしにはいかなる処分もしない」と約束した。これに対して漁業組合が「約束は果たされていないが、破られたとは考えていない」という、まことに難解な文学的表現をした。果たされていない約束は破られたわけだ。「約束は破られたとは考えてないが、果たされていない」と置き換えればわかる。官僚的知恵者が考え出したなかなかの表現という感じだ。政府は、これをもって「一定の理解」をされたと読み替えた。これまた、例によって官僚的ご都合主義的解釈である。

 第三に、中国の禁輸に対する方策である。日本の輸出全体でいえば1%に満たないとは口が裂けてもいえない。そこで、手厚い保護がとして、すでにある基金800億円に予備費207億円を加えて対策する。国内消費を呼び戻す作戦だそうだ。ただし、そのための加工用機械が高価なうえ、はい、直ちにとは進まない。さらに人材不足も頭が痛い。岸田氏がお刺身を食べれば、どなたさまも食べたくなるわけがない。

 ところで関係者の理解について、目下は漁業関係者だけで、本丸の消費者の理解はまるで進んでいない。トリチウムは基準値以下でも、それ以外の放射性物質がどのくらい含まれているのか、そのリスクは本当に問題ないのか。一般国民への説明らしい説明はほとんどない。

 外交問題はどうだろうか。日中国交回復以前から、後ろ向きの自民党政権に対して、政経分離で国交回復への努力が重ねられた。いまだ、その感覚が残っているのか。1972年の日中共同声明で国交回復したのだが、21世紀に入って日中関係は非常に悪い。

 もともと中国は、瓶の蓋論で、日中関係は米中関係が円滑にいけば大丈夫という見方があった。しかし、米中関係が険悪になった。加えて岸田政権は、日本がリーダーシップをとって、あたかも米中デカップリング推進の旗を振るのだから、中国が不愉快になるのは必然である。

 厳しく見れば、岸田的リーダーシップは、米中それぞれの陣営に世界を二分する方向に走っているわけだから、中国が、処理水放出のような大問題を軽視するわけがない。水産物の全面禁輸は、いままでの日中外交関係の結果として処理水放出を機に発せられたものであろう。

 経済的に中国に依存しながら、米中デカップリングを推進する。――こんな大きな矛盾を見て見ぬふりしている岸田政権の国家安全保障には確固たる骨組みがわからない。自民党は、中国をなめているのではないか。日中二国間の国家バランスは著しく格差があることがわからないらしい。