週刊RO通信

厄介な置き土産

NO.1521

 最低賃金が全国加重平均41円引き上げに決まり、現行が961円なので、1,002円になる。初の1,000円台乗せであるが、最低賃金が上がったねと喜ぶ気分にはなるまい。もちろん、がんじがらめの条件下で、最低賃金を論ずる委員のみなさんのご苦心は十分理解しているつもりだ。つまり、このがんじがらめの条件なるものをお互いに考えておきたい。

 時給1,000円として、8時間労働すれば8,000円/日。1か月に20日間働けば160,000円である。年収では1,920,000円であり、200万円に届かない。1,000円台乗せの中身はこんなものだ。

 イギリス・ドイツ・フランスの最低賃金は日本円換算で1,800円、オーストラリアは2,000円だという。

 多くの中小企業が原資不十分であり、価格転嫁するしかない。ただし簡単に値上げできる力をもつ企業が多くないのは周知の事実だ。

 もちろん、最低賃金のために価格を引き上げれば、働く人は消費者であるから、賃金が少し上がっても暮らしは少しもラクにならない。日本の消費事情は、昔から派手ではない。いわば切り詰め生活が自慢? のお家芸だ。これは昨日や今日の話ではない。

 つまり、最低賃金決定の論議が難航するのは、限定された財布の中身をどうするかで神経を費やすわけで、出口のない迷路を走り回る委員は実にやりきれないであろう。同情を禁じえない。

 下野していた自民党が、2012年に政権に復帰した。安倍内閣のもとで、日銀総裁に引っぱり出したのが黒田氏である。

 政府・日銀が呼吸を合わせるのは悪くはないが、日銀が本来の任務を放棄して、政権の下働きをやるのでは最悪である。これをやってしまった。黒田氏は2013年4月から2期10年、日銀総裁の座に座り続けた。

 異次元緩和で、長期停滞を続ける日本経済を活性化させるというのがセールス・トークであった。狙いは、円安・株高、物価上昇である。円安・株高で景気がよくなれば物価が上がる。物価が上がれば賃金が上がるという、都合のよろしい青写真であった。

 日銀が、発行した国債をどんどん購入した。素人の目には、タコが自分の足を食べているようにしか見えないが、玄人筋にはそれが異次元の金融政策であり、経済活性化を招くように見えるらしいから始末が悪い。

 黒田氏らによれば、日本経済の停滞はデフレによるものであるから、市中のおカネを潤沢にすれば、株が上がってデフレが吹き飛ぶという、原因と結果をドラマチックに混同させた。というより、これは大間違い。

 経済停滞の原因はデフレではない。経済停滞の結果がデフレである。真っ当な経済学者らは真っ当な理論を述べたが、安倍・黒田コンビのキャンペーンに吹き飛ばされた。当時を述懐すれば、金融緩和が小出しだからデフレを脱却できず、だからデフレで低成長という批判が圧倒的であった。

 もちろん、いかに派手な宣伝をやろうとも、金融はガラガラポンと変化しない。金融緩和で人々の行動が変化するなら(たとえば消費行動に点火する)、ホラであっても少しは役立つかもしれない。しかし、安倍・黒田の妄想は実現せず、株が上がり、円安で超大企業が儲けたわけだ。

 株が上がるのは、本来、企業活動が活発化するからだ。技術革新や、販売戦略、新製品開発で意気上がるからである。しかし、この間、日本の産業界が意気軒高の大活躍という話は聞かない。まあ、国産ジェット機は断念する、ロケット打ち上げはうまくいかない、AIがすごいというが、すべて他国から流れ込んでくる。企業不祥事はなかなかの増産ぶりだが。

 結果、賃金は微調整程度で終わっている。利潤は各企業のモノであり、かりにマスで儲かっても、すべての企業で賃上げにつながるわけがない。生産性は上昇しない。円安が国民生活に重たい。日銀のタコ足のおかげで、政治における財政規律はガタガタになった。社会保険料上昇と円安のダブルパンチで、家計が食らった打撃は痛烈である。

 植田日銀は慎重に、金融引き締め正常化、円安修正に乗り出しそうだ。国民としては、安倍・黒田コンビの厄介な置き土産を忘れないことが肝心だ。