月刊ライフビジョン | 論 壇

「戦争と平和」とデモクラシー

奧井禮喜

はかない存在の人間

 1発の銃弾で戦争が始まる。戦争は簡単に始まる。ささいなことで殴り合いを始める人がいる。国と国との武力闘争も似たようなものだ。国の意思決定をするのはごく一部の人である。殴り合う人は自分が痛い目を見るのだから自業自得、自己責任であるが、戦争の意思決定をする人は直接戦わない。しかも責任を取らない。取ろうにも取りようがないのである。

 いったん開戦すれば容易に終わらない。第一次世界大戦が4年も続くと予測した識者は少なかった。第二次世界大戦は6年も続いた。好戦意欲が好戦意欲を呼ぶ、イケイケどんどん、煽り煽られ、好戦意欲が高まるにつれて、権力支配層は動きが取れなくなる。国民の熱狂にはブレーキが掛けられない。

 大東亜戦争で、降参を勧告したポツダム宣言(1945.7.26)が出された。日本はすでに敗色濃い。戦争指導部がもたもたしているうちに広島(8.6)・長崎(8.9)に原爆を投下され、ソ連に参戦(8.8)の機会を与えた。

 いまさら詮無いが、ポツダム宣言から2週間以内にホールドアップしていれば、広島24万人、長崎12.2万人の死者は出なかった。被爆した方々が、その後の惨憺たる苦労をしなくてすんだ。ソ連軍侵攻による現地の人々の惨禍もまた発生しなかった。

 破壊するエネルギーは知恵と技術の結集である。知恵と技術が破壊と殺戮に駆使される。物的にみれば、利用可能なエネルギーが利用不可能なエネルギーとなって拡散する。価値あるエネルギーが破壊と殺戮に使われて廃棄物になる。戦争はバカバカしい。戦争は科学力だが、オツムは非科学的だ。

 そもそも人間が地球上で暮らすために時々刻々地球を破壊している。現代版「産めよ殖やせよ」の風潮がある。経済が人口によって大きく左右される、経済活力を維持するには人口を増やさねばならぬという、わかりやすい理屈である。しかし、地球を喰いつぶしている深刻な事実に目を向けないような経済学が正しいだろうか。人類の未来は心配事が山ほどある。戦争する余裕はない。

 地球の80%は海である。人間は、大地にしっかり足をつけているつもりだろうが、実は水球である。「みずたま」である。露の玉である。そんなものに乗っかっている人間の存在は、いかにもか細い。

 杞憂という言葉がある。天が落ちてくるのではないかと心配した男の話だ。天が落ちてくるなど杞憂だと笑い飛ばすほうが事実を見ていない。わたしたちが乗っかっているのは「みずたま」なのだ。はかないものだ。国防と称して軍備拡張に余念がないのは罰当たりである。

玉砕か瓦全か

 戦争の体験がないから怖さを感じない。これ、当たり前だろうか。直接体験しなければものごとを理解できないのであれば、人間社会は戦争が常態になりかねない。戦争して破壊と殺戮を体験して、ようやく反戦意識が芽生える。戦争体験者が少なくなると戦争に飛び込む。とすれば、主体的な平和は存在しない。戦争を想像できなければ、平和の価値もまた想像できない。

 日本人一般の気風は、日々是無事であろう。人生なんて考えたことがないという人でも、「まあ、無病息災でありたい」と語る。戦時下でも、たまたま無病息災で暮らせる人が存在するかもしれない。ただし、武器が巨大に発達した今日、戦争という事態になれば無病息災なんて期待は吹っ飛んでしまう。

 政治家が国防を語り、軍備拡張して安全安心な社会をつくると公言する。日本は世界でも有数の軍備をもつが、自衛隊が軍備を駆使して防衛するから安全安心だなどと考える人がいるだろうか。たかだか24万人の自衛隊員で1.2億人と国土を守られるであろうか。杞憂どころの話ではない。

 昔、元自衛隊将校に自衛隊で国を守れますかと尋ねた。氏は「わたしたちが真っ先に戦って死にます」と応じられた。正直な見解である。大東亜戦争末期、「一億玉砕」という言葉が日本中を支配した。――大丈夫はむしろ玉砕すべきも、瓦全するあたわず――(北斉書・元景安伝)から来ている。立派な男子(大丈夫)は、瓦全(何もしないでいたずらに身の安全を保つ)ではなく、玉が美しく砕けるように名誉や忠義を重んじて潔く死ぬという意味だ。

 自衛隊が玉砕する、では、守られるはずの国民としてはどうするか。玉砕か瓦全か。玉砕ならばなんのことはない、大東亜戦争末期に逆戻りだ。これが敗戦後70余年にわたって日本人が維持してきた精神であろうか。国防といえば、時の政治家諸君の言葉を信じて全面的にお任せ。国防なるものの中味がいかなるものか吟味したわけでもない。

 自衛隊による国防なるものは頼りない。自分を守るのは自分でしかない。自衛隊が守ってくれるわけではない。実際、かつてのサイパン島でも、沖縄戦でも、国民は軍の道連れで玉砕した。ソ連が侵攻した満州では、日本軍は国民を守らずに撤退したから、残された人々は塗炭の苦しみを味わった。

 明確なことは、軍備では決して国民を守られない。守りたくても守り得ないということだ。軍備拡張しても安全を保障できない。軍拡と安全保障を直結した議論は、軍備に幻想的依存をする意味において極めて危険である。

日本人的特質

 玉砕論は武士道から生まれたのであろう。

 武士道といえば新渡戸稲造(1862~1933)『武士道』が有名である。新渡戸は武士道を西洋の騎士道と重ね合わせた。ベルギーの法学大家ド・ラヴレーが、「日本には宗教がないのに、どうして道徳教育を授けるのか?」という疑問に応えようとした。文章は講談的名調子であり、読者をして酔わせる。

 しかし、新渡戸は、日本的武士道が哲学的思考を欠いており、自負尊大の気風にとらわれている。その延長上に日本的近代化が進んで、武士道は過去のものになったという反省的視点を提供した。新渡戸『武士道』の名調子部分は建前主義であって、実際の武士の処世術とは大きく異なっている。

 新渡戸と同時代の竹越与三郎(1865~1964)いわく、「武士道は日本のcreed(信条)ではない」、「所詮少数派のもので、武士以外の人々が武士を尊敬する理由にならなかった」とこき下ろした。そして、日本人一般の日常的規範は「義理と人情」であって、それ以上でも以下でもないと主張した。

 講談で語られるような武士物語があったとしても、大方は卓抜した事例であって、武士が農工商に尊敬をもたれ、慕われたというには無理がある。「泣く子と地頭には勝てぬ」「切り捨て御免」の民衆の屈従史が事情を語っている。

 北村透谷(1868~1894)は、幕府時代の庶民的心情が「虚無思想」であり、「自ら甘んじて目前(お上)の権勢に屈従する」ものだと指摘した。浮世はままならぬものであるという下世話的諦観が庶民的心情であった。

 明治以後の軍隊の上層部を占めたのは旧武士階級である。大東亜戦争の敗色濃いなか、戦争指導層の情緒的武士道から玉砕論が飛び出したのである。

 歴史を眺めていると、日本人には玉砕論が似つかわしくない。日本には革命騒動がない。局地的な一揆やクーデターは多いが、革命ではない。明治維新は武士階級内部の下克上であった。成功したクーデターである。

 日本人的心情は、やはり「無病息災」論にありそうだ。そうすると前述の北斉書の文を――日本人はむしろ瓦全すべきも、玉砕するあたわず――と置き換えたほうが身の丈に合う。

 ただし、「何もしないでいたずらに身の安全を保つ」というだけの瓦全であれば、日本人は封建時代から全然進化していないことになる。少なくとも、今日の日本はデモクラシー制度が社会の基盤である。切り捨て御免時代ではない。

 ところで卓抜した武士としての思想に生きた人もいる。その1人が勝海舟(1823~1899)である。勝は、刀の鯉口をきつく結わえて、決して抜けないようにした。斬られても、自分は斬らないという覚悟である。幕末の殺伐とした気風のなかで、この覚悟は半端ではない。

 勝は明治の後半、政治について次のような言葉を残した。「(政治をするものが)誰彼を味方にしようと思うから間違う。政治とはみんながワイワイ反対していてちょうどいい」。ワイワイやりながら新陳代謝を起こす。それがサムシングを有する国家に育つ基本だと主張した。見事な国家論ではなかろうか。

 さらに1889年2月11日に発布された大日本帝国憲法について、「憲法は上の奴の圧制を抑えるために、下から言い出した」ものである。「憲法が権力を縛る」ものだという明確な認識をしていた。

 もし、勝のような見識が明治時代に育ったのであれば、その後の日本の歴史は大きく変わったはずだ。封建社会に生まれて育った人が、このように開明的な思想を身に着けていたのは驚きである。

 逆に、デモクラシー社会に生まれて育った人が、デモクラシーとは何たるかを弁えていないとすれば、なんとも情けない話である。

デモクラシーの精神

 西洋のデモクラシーは、人々が「精神の自由」を追い求めたなかから育った。明治維新の19世紀までの600年余、西洋の人々はデモクラシーの道を辿ってきた。奇跡(教会)と独断(王侯・貴族)の権力・思想的くびきからの解放の闘いである。

 闘いの武器となったものは、知性と懐疑である。人間社会に絶対なるものは存在しない。だからといって何でもありではない。少しでも真実に近いものを求めて議論を重ねる。主張の違い、利益の違いを煮詰めて解決策を練る。勝が指摘したワイワイやりながら新陳代謝を起こす説である。批判を大切にする。科学的に実証する。かくしてデモクラシーの思考的背骨は「相対主義」「批判主義」「実証主義」という次第である。

 フランス革命以後のデモクラシーはブルジョワジーが社会的リーダーシップを取っている。ブルジョワジーは経済的権力を支配する。もし、経済的権力のみを追求すれば、社会は経済ファシズムになる。軍国ファシズムにせよ、経済ファシズムにせよ、専制政治である。いま、ポピュリズムといわれるものは、軍国ファシズムと経済ファシズムが生み出していると考えねばならない。

 デモクラシーにおいても独裁政治の機会は大きい。三権分立の形式があっても建前だけでは効果が出ない。権力の支配行為は公開されねばならない。独裁政治は必ず秘密主義である。権力者に公開させ、国民がそれに批判を加え、権力者に責任をとらせる。この循環が成立するときデモクラシーが健全である。

 その際の大きな壁が官僚主義・体制である。官僚は権威の上に立つ。権威絶対主義の傾向が強い。国民は選挙においては政治勢力であるが、選挙が終われば権力に支配される群衆である。群衆は政治的力をもたない。

 国民たる1人ひとりが玉砕よりも瓦全を求めるのであれば、つねに全体意思の形成に向けて意思表示しなければならない。国家といい、政府というが、実は、それは、誰かが人を支配することに他ならない。国家とか政府という権威が専制政治を隠す方便となるのは歴史が証明している。

 社会は新陳代謝を起こすから活力をもつ。新陳代謝を起こす原動力は国民各人である。看板デモクラシー、中身専制政治にしてはならない。


奥井禮喜
有限会社ライフビジョン代表取締役 経営労働評論家、OnLineJournalライフビジョン発行人