月刊ライフビジョン | コミュニケーション研究室

チグハグさ露呈するNHKの現状と経営計画

高井潔司

 私の朝はNHKの「おはよう日本」にチャンネルを合わせることから始まる。ほとんど民放を見ることはない。それほどのNHKファンだが、いや、だからなのか、1月のNHKを見て失望した。大河ドラマに「西郷どん」を取り上げたのはいいが、「おはよう日本」に始り、ほとんどの番組が「西郷どん」の番組宣伝化してしまった。これがNHKの方針なのか、他の番組制作者の“ごますり忖度”なのか、分からないが、ともかくトーク番組のゲストに出演者を招いたり、西郷に引っかけて番組を制作したりと、NHKをごらんの方なら、お気づきのはずだ。

 豊富な制作スタッフを抱えながらの、こんな安易な番組制作。本当にこのNHKで過労死があったなどとは信じられない。ちなみにネット上では、スポーツキャスターとして鳴らした青山祐子アナが、5年間に4子を出産、約6年にわたって産休を取り続けていることが議論の的になっていて、そのちぐはぐさが際立つ。

 ちぐはぐさと言えば、昨年末、受信料の未払い訴訟でかろうじて勝訴したが、1月16日、NHKが明らかにした向う3年間の経営計画によると、2016年度の累計余剰金が957億円にのぼるという。にもかかわらず、受信料の値下げは念頭にないそうだ。

 大学のメディア授業で、学生たちは、全く見ることのないNHKになぜ受信料を払う必要があるのか、と不満と疑問をぶつけてくる。その勢いを見ていると、NHKが勝訴してもNHKへの不信はますます広がっていくだろう。

 経営計画では受信料の値下げだけでなく、インターネットとの常時同時配信の実施も先送りされた。社会の流れはいまやテレビ視聴からネット視聴に向かっているというのに、自らイニシアチブを取らず、「常時同時配信を実施するためには、放送法を改正してもらわないといけない」(記者会見でのNHK会長発言)と他人任せだ。

 実は、私は1月から、映画やドラマを定額で、ネット視聴できるネットフリックスに加入した。そのサービスを活用するほど暇人ではないが、メディアを論じる教員としては、実際に試して新興メディアの今後を考える必要がある。

 いやはや番宣番組ばかりを垂れ流しているNHKとは大違い。こちらのサービスは、合理的でスマートである。スマホでも、iPadでも、テレビ受像機でも、いつでも、どこでも、見たい番組を引き出して見ることができる。利用者の視聴履歴を分析して、数万本あるドラマや映画などのソフトから利用者のニーズにあった番組を推薦してくれる。映画「ハドソン川の奇跡」を見たら、その後、「社会制度との戦いがテーマの伝記とヒューマンドラマ」という私の好みに合わせた社会派ドラマ、映画がずらっと並んで、感激した。NHKより料金も安く、はるかに使い勝手がいい。

 放送法があるからネット配信ができないとNHKはいうが、実態は放送法に守られ、余剰金も出ているというのが本当のところだろう。放送法の縛りがなくなれば、たちまちネットフリックスなどの動画配信サイトに食われていくだろう。

 家電メーカーもNHKを受信しないテレビを売り出してみたらどうだろうか。きっと受けるのではないだろうか――。NHKの現状を見ていたら、そんな皮肉も言いたくなる。

 NHKは公共放送であり、だからテレビを購入したら、受信料の支払い義務も生じる。だが、視聴率を追い求め、番宣に明け暮れていたら、とても公共放送とは言えないだろう。

 

 蛇足ながら、過労死問題でひと言。亡くなった記者には誠に申し訳ないが、この事件では大事なことが明らかにされていないのではないか? それはこの記者自身が過剰労働の実態についてどう対処していたのか、上司や同僚に対してどう訴えていたのか、という点だ。日本は労働基準法もあり、NHKの記者なら訴えもできたのではないか。それができない空気がNHKにさえあるとしたら、今国会で論議される残業の上限設定を主な柱とする「働き方改革」など絵にかいた餅の嘘っぱち改革だろう。


高井潔司   桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て現職。