週刊RO通信

制裁で暴発を防げるか?

NO.1217

 文在寅氏が、反対意見と支持率低下の可能性を十分知りながら、国連児童基金(UNICEF)と国連食糧支援機構(WFP)を通じて、北朝鮮へ800万ドル(約9億円)の人道支援を決断した。藁であっても平和戦略の1つだ。

 北朝鮮に対しては2015年末に国連人口基金(UNFPA)へ80万ドルの支援をして以来で、児童・妊婦の栄養強化、ワクチンや必須医薬品などの現物支給である。時期は未定とするが年内には執行される予定だ。

 韓国の三大紙、とりわけ最保守の朝鮮日報は「完全にずれている」と書いた。もちろん、野党はここを先途とばかり文在寅叩きしている。トランプ氏と安倍氏から変人扱いされるだろうとも主張した。いかにも近視眼的だ。

 ずれているという場合、なにを価値基準とするか? 人道とは、煎じ詰めれば「同情心」である。権力支配層は先軍政治で、軍事大国をめざして得意満面だとしても、庶民が苦しく辛いだろうという同情は間違いでない。

 変人本家のトランプ氏が国連で、北朝鮮の「完全破壊」を演説した。完全破壊とはなにか! 北朝鮮のすべてを完全に破壊するのだから、人々をも完全に殺戮するという。北朝鮮はこれ以上ない脅しだと激昂反論した。

 東亜日報は、トランプ発言を現実主義(principle realism)であると評した。なにが現実主義なものか! 韓国も無傷でいられないのは当然だし、そうなれば間違いなくソウルも壊滅的惨禍を被るだろう。

 どうせトランプ氏が噴いても火ぶたは噴くものか、と無意識の意識に支配されている。その心理状況においては癪に障る相手をぼろ糞に恫喝してもらったほうが心地よい。そんな冒険主義がリアリズムといえるものか。

 青瓦台の人々の本心は覗けないが、たとえば、人道主義を押し出して、きっちり北朝鮮の体制批判をやっている高等戦術にも見える。北朝鮮の人々の命と生活を犠牲にしている権力者の蛙の面におしっこ引っ掛けた。

 わたしは、なかなか憎いユーモアを外交に応用しているなあと思う。金正恩氏が孤独の空間へ戻ったとき、「あれ、おれはいったいなにをしてるのやろ!」という心理を引き出す刺激にならないとも限らないからだ。

 制裁のダメージは大きい。わたしは、備中高松城(現岡山市)を、羽柴秀吉が軍師・黒田官兵衛の策略で水攻めにした故事を思い出した。

 織田信長は毛利元就とは友好関係だった。天下統一をめざす過程で毛利輝元が足利義昭を支援したために不仲となり、輝元を攻略するとき、その配下の清水宗治が守っていた高松城の攻略を秀吉に命じたのである。その際、高松城を囲んで200ヘクタールの湖を造り外部との連絡を絶った。

 おりから梅雨であり、12日間で堤防を造ったそうだが、水攻め包囲の効果はみるみるうちに現れて、輝元が和議を請う。宗治は自分の命を差し出して部下の助命を嘆願した。玉砕のようなバカをやらなかったのは立派だ。

 このとき宗治は秀吉差し入れの酒肴を嗜み、舞を踊り、「浮世をば今こそ渡れ武士の名を高松の苔に残して」と辞世を詠んで割腹した。——一方、北の領袖が全滅覚悟のバカな選択をしないという保証がないのが剣呑だ。

 水攻め同様に制裁の効果はおおいに出ている。トランプ氏を筆頭に制裁を大声疾呼するばかりであるが、この間、制裁から問題解決の芽らしきものが全然ない。挑発、制裁、挑発、制裁、次は暴発になりかねない。

 トランプ氏も金正恩氏も恫喝・罵倒の言葉が豊富であるが、さすがに、そろそろ彼らのボキャブラリーも枯渇しそうだ。枯渇したとき対話が開始するのであればよろしいが、つい、手が出てしまえばえらいことだ。

 やらずぼったくり根性でガメツイ、強欲、抜け目なしで、ごまかしを得意技とするトランプ氏と、氏に寄り添うがごとく、煽るがごとく「対話のときは終わった」などとやる安倍氏を見ていると、わたしは情けない。

 関西では昔からこういうタイプをアカンタレと呼ぶ。「母さんとねじ込んでくるあかんたれ」という言葉もあった。しかも、モリ・カケ蕎麦食い逃げを企んで米朝緊張激化を好機到来と見ているフシがある。

 文在寅氏は、米韓日首脳会談で制裁に賛成しつつも、「国際社会と連携して」という言葉を加えた。文在寅氏変人で上等だ。トランプ氏、安倍氏も変人だが、文在寅氏はまともな変人であると、わたしは思う。